大天使、降臨。

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大天使、降臨。

地元の工業高校を出て、隣街にある工場に 就職した鯨は二年間、新社会人という スーパーカーに乗って田舎の狭い道を 血気盛んに突き進んだ そして、三年目の春の木漏れ日が 雪解けの合図となった 「乗・せ・ら・れ・ていた」ことに 気付いたのだ いや、気付かされたのだ 「誰に?」 「誰に?」って、人じゃないよっ 猫だよ! 「猫に!?」 そう… 僕のスーパーカーとぶつかり稽古して クラリオン星に吹き飛んで逝った 猫に 「本当かい!?」 「それは、本当…なのかい?」 うるさいなっっっ見れば分かるだろ! さっきまでツルツルだったのに バッキバキに顔面崩壊してるじゃんかよっっっ さっきまで…本当に つるっつる、だったんだ 殻を剥いた茹で卵みたいになるまで 半日掛けて、洗ったばかりなんだ… つるっつる、に 地面にしゃがみ込んで今にも泣きそうな 鯨の肩にそっと手を乗せて擦る 大天使? 頭の上に浮かぶ半透明の輪が揺れる 純白ドレスの40才前後の男 「そうか…つるっつる、だったのか… やれやれ、残念、無念だったね、少年…」 自分のオデコに手を当て 三角州、又は扇状地のようなハゲ型をした 頭をすりすりと撫でる男 「おじさんの頭と同じか…」と微笑み 「つるっつる、かぁー残念、無念」 一緒じゃないよ… 茹で卵みたいに、つるっつる、なんだ 木漏れ日で光る眼鏡を外して 鯨はゆっくり立ち上がり 炭酸水のような声で言った 「本当に…つるっつる、だったんだっ」 ? ぴくぴく動いてる頭上の輪を掴んで 男の頭皮を眺め、哀愁のそよ風を吹き出す鯨 秘密基地をつくるには最適な薄毛の三角州に 桃や林檎、葡萄の果樹園には最適な扇状地に 挽き立ての珈琲の苦味が混じった吐息が ラベンダーの空に浮かぶメルヘンチックな 月の上に微笑みが、こぼれた。 「視力、0.0…冷凍くらげ祭り。」 今、林檎の皮剥きなんか始めたら 掴んだナイフと親指がケンカして 黄色い球が赤い月に姿を変えるだろう 「君は、心臓の皮剥き…でもしてるのか?」 と聞かれても、可笑しくないだろう 猛スピードでマンモスが走って来ても 茶色いダンプカーにしか見えないだろう 101匹の白いプードルが走って来たら 牛乳を運ぶ気球が1000くらい墜落したのかな?とパニックになり、道の端っこに避難して、一口だけ飲もうと白い波が…通り過ぎる瞬間に手を伸ばし、柔らかい毛の塊が空中に舞い「タンポポ???」となるだろう 100リットルの炭酸水を運ぶ気球が、もし1000くらい空から降って来ようもんなら、 「何処かの海の時空がバグって… 大量の海月たちが田舎の街に瞬間移動でも したのかな?」と空想し… とても冷静にテンパって、道の端っこに 避難して、一匹だけ持って帰ろうと 土砂降りの炭酸水を掴んで、弾けて、逃げる 海月に無我夢中の一部始終を目撃され、 近所の子供が駆け寄って「何してるの?」と聞かれ 「101匹の黒い獣が…魔界で妙な儀式をしてるんだ」と普通に言うだろう 「へぇー」 大量の気球が墜落する音を聞き 「雷に打たれんなよっ」と爽やかに すると、サイダーみたいに弾けた笑顔で 子供が傘を差し出すだろう 「そして、時空を狂わせて、海のクラゲを 田舎の小さな町に降らせてるんだっ」 「こんな、しょーもない嫌がらせ…するくらい暇なんだな!!!魔界の奴らは」 「誰かに、しょーもない嫌がらせ、なんて…やっても良いこと無いからなっ」 「うん!」 「人間も暇すぎると何をやるか分からない 将来の夢とか、今から探して… それを目指して、歩けば、必ず… 輝きに満ちた未来が君の人生に訪れる」 炭酸水の土砂降りに打たれながら 人生哲学を語るだろう 一匹のハエを捕らえるように 傘から両手を交互に突き出して 一生、捕まらない海月を諦めて… 「内なる海に君の船を出すんだっ」と 叫んで、傘から身を乗り出した瞬間に 炭酸水が目に入り…萎んだ風船のように 「帰るか…」と言うだろう 「帰ろう!」と真夏に弾ける炭酸水みたいな声で子供が言った後 子供の家の前まで歩き 別れの挨拶を言った後 「傘、あげるよっ」と子供が言ったので 嬉し涙のサイダーが、一滴 落ちるだろう 「地底栽培の太陽が煌めく夜… 君の背中に大きな翼が生えるだろう」 「そして、大きく…大きく、飛べ!!!」 「夜明け前に…そう、真夜中に…」 「飛べっ!!!」と サイダーのように弾けた笑顔で 意味不明な台詞を叫ぶだろう。 … 10分くらい続いた鯨の一人芝居・空想劇場が幕を閉じ、訪れた謎の五秒の沈黙を破る 大天使の声。 「そんなに、珍しい髪型してる?」 視界全体に海月とナタ・デ・ココが 大量発生した鯨の目の前に映る姿は 幻覚なのか、現実なのか判別が出来なかった 眼鏡を外した鯨の視界には、この世の全てのモノが空想的に、幻想的に、メルヘンチックに変換された世界劇場が出来上がるのだ。 例えば、畑を鍬で耕すおじさんが舞台の上に 上がると、魔界から降りて来た大きなネズミの戦士が弱そうな武器を持って登場する。 そして、目の前に立つ純白ドレスのおじさんが、大天使にメルヘン化して、降臨した。 普通の大人より大きめ顔の前 鯨の目には、小さめの電子レンジが映る ミリ単位で、じわじわと詰め寄る鯨 ぼやっとした視界に住む 千のナタ・デ・ココが十個まで減った所で 電子レンジの扉に鼻の先が当たる 「ドキドキしちゃう…」 大天使の声が届いた時 鯨の視界には、世にも奇妙な扇状地。 喋る小さめの電子レンジ… 「おじさん、面白い髪型してんねっ」 ハゲの地平線の彼方に 俺が求める太陽が燦々としてる そして、スーパーで買えそうな プラスチックのやっつけ天使の羽根が 違和感だらけの純白ドレス男に 壮大なる現実感を与えていた サトウ・サブロウに… ガムシロップ一滴、足して… タワシで5回擦ったみたいな顔だなっ」 えっ、そうなの? あっ、そうなの? おじさん、その人、知らないけど… よくさ、天気の良い時って 空、見たりするじゃん? 晴天…って言った方が良いかな? うん、晴天に飛行機がさぁ こう、だぁーって飛んでるわけ うん、そう、どわーって飛んでくるでしょ あれさ、めっちゃ遅く見えるよね!? 田舎のおばさんのチャリ漕ぐスピードねっ 都会のおばさんのチャリじゃないよ? うん、ひかれたら おじさん泣いちゃうから うん 田舎のおばさんのチャリ漕ぐスピードね? そう でも本当は、めっちゃ速く 飛んでるじゃん!? うん、うん、うん、うん、 飛んでるじゃない?でもさ でもさっ でもさっ でもさっ ハハッ でもさ行進曲、始まっちゃった!!! 目を見開いてアイドルがやれば 可愛いポーズで静止画になる おじさん でもさっ下から見ると超ゆっくり 飛んで見えるのって不思議だね うん 何の話をしてるんだっっっ だっ だっっっ うん、脱線しました、そう おじさんが君に伝えたかったのは 小学生が休み時間に話すような 不思議発見!的なこと では、なくー 40過ぎたおじさんでも可愛く見えるコツー でも、なくー 君が~さっき~おじさんの顔に~ 「小さめの電子レンジくらいの顔に~」と 鯨が大天使の歌を奪い取るが ソッコー奪い返す そう、近付いて来る~速さが~ 幼少期に~いつの日か~発見した~ あの景色~あの飛行機~春風に~ 吹かれながら~そして、感じた~ あの、ゆっくりさ~ドキドキした~ ドギマギした~とても不思議さ~ クジラの~形をした~白い雲が~ 泳いだりして~ 「小さめの~電子レンジくらいの~顔に~ みるみる~近付いて来る~そのゆっくりさ~ 詰め寄る速さ~ゆっくり過ぎた~が故に~」 めっちゃ速く飛ぶ~ あの飛行機~を感じた~ そして、幼少期に~幼児返り~ お帰り~なさい~うん ただいま~もう、そろそろ~ 君の家に~帰ろうか~ 薄紫の空が暗転して 近くのコンビニやスーパーの存在感が どんどん増してく道路の脇で 大天使っぽい男と二十歳の青年が 肩を組み歌う ゴールを目指す馬の団体が縦に並んで 走るように、工業団地から流れて来る 車のライトがサーカス団の二人を パチパチ照らして拍手を送ってるようで 幻想か現実か区別がつかない もし、自転車でその歩道に通りかかったら 田舎の~ こんな町に~大天使が~ 舞い降りた~ 不思議さ~そして、不気味さ~ 幻かな~ 眼科、行こうかな~ 診察券、財布に無いかな~ ラ・ラ・ラ~ と歌うだろう そして、生まれた星へ飛んで逝った猫の 無事を祈って合掌する鯨と 純白の大天使レンジ男。 猫って、いきなり道の真ん中に飛び出して 来てくるじゃん? 暗くなると光の濃さが増して 吸い寄せられてく感じ? 俺はもう、猫なんか退屈過ぎて やってらんねー早く生まれた星に帰るんだっ とか思ってんのかな… 紺、紺と染まる空を見上げる大天使 眼鏡を掛けると おじさんの胸に名札があることに 気付いた 「ハイヤー?って何だよッ」 私…うん、ワタクシ… あなたのハイヤーセルフでございます。 で、ごさますッ 「ハイヤーセルフって何だよッ」 高次元の存在で、ございます~ まっす~まっす~まっす~まっす~ まっす~うぁっ おいっ少年、君の名は何という? 「クジラ」 クジラ君、今日から君の夢。 いや、壮大なる…旅の キレッキレなる…門出を祝して… その…催し物的な?ナイトパーティーを 今宵、開催しようではないかっ!!! いつか見た、晴れ渡る空、飛行機。 見上げる少年、鯨。 青々と拡がる大海原、帆を張って 突き進む船みたいにゆっくりと ハイヤーセルフの顔に詰め寄る鯨。 笑うのを我慢しながら 春の木漏れ日のような声で言った。 「本当かい?」 「それは…本当なのかい?」 大天使は、どこか、遠くの、星にある 山や森、流れる川に 舞い落ちる雪のような小声で囁いた。 「開こう…ではないかっ」 鯨は幼い頃に見た青空へと弾けるサイダー みたいに 笑った 「ハハッ」 ハイヤーセルフも釣られて笑った 「ドゥハッ、ドゥハッ」
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