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いつの頃からか、兄の眠る時間が長くなっていった。
もとより体の弱い兄はベッドに横になっていることが多い。それでも起きて本を読むなり会話をしたりなどしていたのが、眠りに入っていることが圧倒的に増えていた。
「……優?」
覗き込んだ瞳が開かれたことに安堵する。眠ったままもう目を覚まさないんじゃないかと思っていた。
「何か食べるか?」
食事には半端な時間だったが、起きている間に何かを食べさせてやらなければと思う。線の細い兄の体はここ数ヶ月の間に一層細くなっていた。
「いや、いいよ」
目を掌で押さえ、呟く。
「……僕はもうじき変わってしまうよ。それでも君は失望せずにいてくれるだろうか」
「何に変わるっていうんだ」
「さあ、何だろう。何がいいだろう。僕の命は元は何で、何になるべきものだったんだろう」
兄のままではいてくれないのか。両親がいなくなれば正体を知っている俺のことなど置いて行ってしまうのだろうか。
「飛ぶものがいい。蜻蛉はどうだろう。季節を感じて情緒があると思わないか?」
「蜻蛉の姿は長くは飛べない」
嘘を吐く。もう秋にさしかかるので、今にもいなくなりそうで怖くなったのだ。
「それに人の体を虫の翅が支えられるはずもないだろ」
兄の肉体と虫の魂は分かちがたく結びつき混ざり合っているはずだ。すると兄は苦笑した。
「変容すると言っただろう。僕は蛹になれるんだ。体のつくり全てが変わるよ」
白い病室に翻るカーテン。決して目を覚まさない孤独の兄。その傍らに鮮やかに――。
「うん、わかった。――たしかに僕はそれになろう」
気付けば兄の掌が額に触れていた。まばゆいほどの笑みを向けられる。
「……兄貴――」
呼んでももう返答は無い。目を閉じた兄はそのまま深い眠りにつき、目を覚ますことはなかった。
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