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“紫電”のエンジンが唸る音と、ランドウイングの噴出音が耳につく。
視界の先――、周囲モニターに映るのは青い空と碧い海。下方には首都ユズリハの街並みが広がり、哨戒するように上空を“紫電”が飛翔していった。
近距離拡大カメラの映す街中の複数画面が周囲モニター上に展開されており、黒と金の二対の瞳が左右に視線を流し、切り替わる画像の動きを追従していく。
人の流れがある場所、人だかりができている場所を目で追いつつ、騒ぎが起きていそうな箇所を注意深く探っていると――。ふとした拍子に昶の眉がピクリと動いた。
「いたいた。ヒロ君、発見。左中央下のモニターを見てみて」
「噴水公園……、でしょうか? ビアンカさんもいるようですけれど……」
首都ユズリハのほぼ中央部、噴水のある広場でヒロの姿を見つけた。――見つけたものの、映し出されるモニターを更にズームにしていけば、その場に座り込むヒロは胸にビアンカを抱いている。
それを認めた瞬間に、昶と亜耶の眉間に深い皺が寄った。
「……なんか、イチャイチャしてるし」
花冠の少女がイリエ衆の海賊に追われているからと、自分たちを置いてけぼりにしてまで駆け出したくせに。なにを乳繰り合っているのだと――誤解ではあるのだが――憤りが湧き上がる。
怪訝に眉根の寄った面持ちが、次には呆れと失笑を含んだものに代わっていく。
「ねえ。降りていってヒロ君を引っ叩いてもいいよね」
「ええ。重たいのを二・三発いっても構わないと思います――って、昶。なにか様子がおかしくありませんか?」
「ん? こっちを見て、ジェスチャーしてる……?」
冷然とした眼差しだった亜耶が異変に気付いた。昶が改めて画面上のヒロとビアンカを見やれば、“紫電”に気付いたヒロが何かを伝える様子で手振りをしている。
大きく腕を振るう動きを注視すれば――、それはハンドサインのようだった。異世界でのハンドサインが、昶や亜耶が過ごす世界のハンドサインと同じ意味を示すかは定かでは無いが、もし同じ基準に照らすのならば『異常あり』『敵』『急げ』を表す動きだ。最後は埠頭方面を腕で差している。
よくよく見れば、座り込んでいるヒロの身に纏わり付く、黒く蠢くなにかの存在も窺えた。
「あの黒い手って――、もしかして……」
「恐らく、あれでしょう」
その黒い手の群れには見覚えがあった。――大きさこそ違えど、あれは紛れもなく昶と亜耶の乗る“紫電”を、元の世界から真っ暗な“時空の穴”に引きずり込んだそれだ。
あの時の触手然とした黒い手がヒロに絡みつき、動きを制しているようだった。
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