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「ねえ。今の、何かしら?」
「なにか結構大きそうなものが、空から落ちてきたよね。なんだろう……?」
桟橋で釣りに勤しんでいた一組の男女――、黒髪の青年と亜麻色の長い髪を一纏めに結い上げる少女が首を捻る。
紺碧と翡翠の二対の瞳が上空から下方の海原へと流れ、何が起きたのかの推測も及ばぬ出来事に疑問が口をつく。青年が手にした釣り竿を桟橋に置くと、眉間に怪訝げな皺を寄せて立ち上がった。
「変に強い魔力も感じたし、見に行ってくる」
「えっ?! 危ないものだったらどうするの!」
青年の提言に少女が吃驚に立ち上がれば、青年は黒い革手袋を嵌める左手を上げ、「心配するな」と言いたげにへらりと笑った。
「危ないものかを確かめるのも、僕の仕事だし。海に害を及ぼす厄介なものだったら、壊さないとだからね」
左手をひらひらと揺らして青年が踵を返すと、その上着の裾を少女の手が引いた。青年が頭を傾いで振り向けば、射るような翡翠の眼差しが目に映る。
「それなら、私も行くわ。ヒロがダメって言っても、ついていくからね」
「ええー……、ビアンカは大人しく家で待っていてよ……」
亜麻色の髪の少女、ビアンカの思いもかけない力強い申し出。意に染まぬ言葉に黒髪の青年――、ヒロと呼ばれた青年は苦い顔を浮かした。
もしも危ないものだったらという憂慮からヒロは渋るが、ビアンカは否の意からゆるゆると首を振るう。
「いやよ。ヒロにばかり任せっきりにはできないし。万が一の時は私が補助をしないと、あなたが大変な目に遭うじゃない。――ヒロが無茶なことばかりしないように見張るのが、私の仕事よ!」
ビアンカが自信を持ってきっぱりと言い切れば、ヒロは「ぐ……っ」と喉の奥を鳴らして二の句を言い噤む。
こう言い出したらビアンカが梃子でも動かないのは、ヒロも了していた。だので、ついと諦観で大げさな溜息を吐く。
「もう、仕方ないなあ。絶対に船から落っこちるような真似だけはしないでよね」
心の底からの詮方無さを帯びた声音でヒロが言うと、ビアンカは真剣な眼を見せつつも満足そうに大きく頷くのだった。
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