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「スノーフレークの花言葉は、『純粋』『純潔』『穢れなき心』『皆を惹きつける魅力』。――これは、ある人が私にピッタリな花と花言葉だって、言ってくれたものなの」
刻まれる花の彫り物を目にして、花冠の少女は愛しみの声音で言う。
ビアンカとヒロが不思議げに見守る中、花冠の少女は左手をビアンカの手に添え重ね、懐中時計を受け取ることはせぬまま、ビアンカの掌の上で上蓋を開けた。
花冠の花々の合間から見えるのは、文字盤の上をチクタクと動く秒針。
時を刻むのを一度止めてから手巻きはしていないし、時刻を正しく合わせてもいない。間違えた時刻を示す懐中時計は、よくよく見ると秒針の動きが不規則でぎこちない。
やはり永きに渡って動かさずにいたせいで、中の精密機器には狂いが生じているようだった。
「うう。やっぱり壊れちゃっているみたいだね……」
花冠の少女とビアンカの手元を覗き視ていたヒロが、懐中時計の状態を改めて確認して申し訳なさそうに溢す。すると、花冠の少女は一笑に付すかのように、くすりと笑った。
「この程度なら、何の問題もないわ」
「……もしかして。あなた、直せるの?」
「ええ、できるわ。昶さんと亜耶さんを迎えに来る日取りを決めるためにも、この懐中時計には役割を持ってもらわないといけないからね。正しい時を刻めるよう、私の力を与えましょう」
言うや否や、花冠の少女は懐中時計を乗せたビアンカの両手を、自身の両手で包み込むようにそっと重ねた。
ビアンカが吃驚から「あっ」と小さく漏らしたのも瞬きの間、次にはビアンカもヒロも顔色を変えて息を呑んだ。何故ならば、ふたりの左手の甲に刻まれる“呪いの烙印”が、突如として引き攣るような痛みを以て何かを訴えてきたから。
「え。こ、これって……」
「もしかして……、あなたって……」
花冠の少女が手元へと意識を集中させ始めた途端、ビアンカとヒロは不穏な魔力を察した。今まで微塵も感じなかったのが不可思議なほどの、身肌にべったりと纏わり付くような重く暗然たる強い魔力の気配――。
それは“呪いの烙印”を身に宿す“呪い持ち”であるビアンカとヒロにとって、馴染み深い感覚だった。
だがしかし、花冠の少女は驚歎の声を意に介さず、口端に柔らかな笑みを湛えていた。
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