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「――これで良いわ。この懐中時計は直ったから。あとで昶さんと亜耶さんに待ち合わせの場所と時刻を伝えるわね」
花冠の少女は言いながら、ビアンカの掌に乗る懐中時計の上蓋を閉じた。パチンッ――と音を立てて蓋を閉められた懐中時計からは、チクタクと規則正しい音がする。
今の何気ない動作だけで、花冠の少女は壊れた懐中時計が直ったと言う。それを聞き、ビアンカとヒロは視線を合わせ、互いの思惟を確認するように頷き合う。
どうやら考えていたことは同じらしい――。それを悟った翡翠と紺碧の瞳は、再び花冠の少女を映した。
「あなたの左手。そこにあるものって、やっぱり――」
「私の“乙女の秘密”に踏み込むのはダメよ。詮索なんて野暮なことは無しにして、今この時を大切にして愉しまなくちゃね」
思い至った事柄をビアンカが口に出しかけたのだが――、花冠の少女の諭しともつかぬ言に遮られた。
花冠の少女は至極愉しげに唇に弧を描き、と思えば不意とビアンカの両の手を握り、肩辺りの高さで右腕だけを横に突き出すように開かせる。
突然の行動にビアンカを驚かせたのも束の間に、花冠の少女は石畳を靴底の爪先で叩き、ステップを踏んで動き出す。
「え? え?! ちょ……っ?!」
「ヴェニーズワルツよ。三拍子で――、先ずはナチュラルターンでいきましょ」
「へ? えっ、と……、えっ??!」
あまりの脈絡の無さにビアンカが困惑するのを気にも留めず、花冠の少女は「いち・にい・さん、にい・にい・さん……」と三拍子を口にしつつ、軽やかに足を動かしていく。
花冠の少女が言う『ヴェニーズワルツ』は、宮廷舞踏会で踊るフロアをくるくると回るダンスだ。それはビアンカも知っている。
突として亜麻色の髪で揃えた少女たちが踊り始めたことで、場が何事かとどよめきを帯びた。だが、それも瞬刻。優雅な動きのダンスに稀有と感嘆の目を向け、ノリの良い人々が三拍子に手を叩く。
ヒロまでも紺碧の瞳をまじろぎ、やや呆気に取られた顔付きで見守っている。
「バックワードチェンジ、よん・にい・さん。――からの、リバースターン」
次の動きを声掛けされつつ、ビアンカは必死になって足を動かしていくのだが――、如何せん花冠の少女の足取りが速い。
手を振りほどこうにも、右手は確と握られ、左手は互いの掌の間に懐中時計を挟んでいるためか指をぎゅっと絡め取られ、離すのもままならない。
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