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花冠の花から幾片の花弁が散る。ひらりひらりと二対の亜麻色の長い髪と、白と黒で対照的な衣服が揺れ――。否、揺れるという優雅な表現よりも、激しくなびく。
それほどに花冠の少女のステップは速く、今にもビアンカの足はもつれそうだった。
「はわわ、目が……、目が回って……」
「ちょ、ちょっと。君、何をやっているのさっ?!」
幾度となく右回転・左回転を繰り返し、いよいよビアンカの目が回ったようだ。足取りが覚束なくなっているのを悟り、ヒロが焦燥の声を上げると――。花冠の少女はくすりと喉を小さく鳴らした。
ビアンカの左手に絡められた手指に、僅かに力が籠る。ステップを踏む足の速さはそのままに、花冠の少女は意識を左手に向けた。
「賜うた真名に命じる。――“モルテ”。暫くお眠りなさい」
「えっ――?!」
耳に入った言の葉に驚愕し、クラクラと揺れる翡翠の視界が花冠の少女を映す。その眼界には薄桃色の唇を吊り上げる、悪戯を企んだ笑みがあった。
「お昼寝の最適時間は二十分ほどなんですって。ほんの少しの間、この子には眠っていてもらうわね」
言いながら、花冠の少女はビアンカの左手の甲を頬へ寄せ、軽く口付ける。
「ま、待ってっ?! なんで、そんな――」
「ふふ。――そぉれっ!」
図りかねる疑問をビアンカが口切ろうとした。だがしかし――。それは、花冠の少女が速いターンの合間にビアンカの手を離すという暴挙で遮られた。
回転の遠心力に引かれ、ビアンカの身体が背面に倒れ掛かる。小さな悲鳴が意図せず上がり、両手を拳に握って足を踏ん張ろうとするも、目が回っているために上手くいかない。
「ひゃわっ??!」
「うわわわっ、危ないっ!!」
自分の足同士を引っかけ縺れさせたビアンカへ、咄嗟にヒロの腕が伸びた。勢いよくヒロの胸へ抱きとめられたビアンカは――、完全に目を回している。
そんなビアンカの状態を確認して、ヒロは眉間に深い皺を寄せ、紺碧の目尻鋭く花冠の少女を睨みつけた。
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