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「あ、そうそう。昶さんと亜耶さんの迎えなんだけど。――とりあえず、これを渡しておくわね」
“紫電”の肩に腰掛けたままの花冠の少女は、不意に何かを投げて寄こした。
亜耶が咄嗟に腕を差し伸ばして受け取り、渡されたものを確認すると――。次には昶も亜耶もきょとんとした面持ちを浮かす。
「懐中時計?」
亜耶の掌の上には、真鍮製のハンターケース型の懐中時計が一つ。男物の重厚感と大きさ、だけれどスズランのような花を象る繊細な彫り物が女物という不整合さを印象付けた。
上蓋を開けるために竜頭を押し込むと目に入るのは、アナログ式の文字盤とチクタクと規則正しく時を刻む秒針。時刻は短針が“Ⅵ”を僅かに過ぎた場所を、長針は“Ⅴ”の丁度を指し示している。
「時間が合ってないみたいね」
「ですね。日の高さから考えると、今は午後2時くらいでしょうし」
そもそも、ローマ数字を使っているのも不思議だし、一日を表わす目安が午前・午後の12時間制なのも不思議なところだ。
ヒロから聞いた話を思い返すに、時計の技術も“稀人”が持ち込んだというので、その名残なのかも知れない。
「それ、ヒロの懐中時計なの。借りてくるつもりは無かったんだけど、さっきゴタゴタとやった時に手に鎖が絡みついて、そのまま持ってきちゃったのよ」
これを何故に今渡すのだ。そう言いたげに昶と亜耶が視線を向けると、花冠の少女は首を縦に振るう仕草を見せる。
「ヒロに返してあげてほしいんだけど――。それが示す時間を元にして、待ち合わせの日取りを決めるわね」
そこまで言うと、花冠の少女は「うーん、と……」と喉を鳴らす。“紫電”の肩から投げ出される脚がぷらぷらと揺れ――、と思えば脚を止めて昶と亜耶へ視線を移した。
「――十七の月齢の日にしましょう。その時計の短い針で十三周目の12時を迎える時に、辰巳の場所で口を開けるわ」
「「へ?」」
急に理解し難い言の葉で綴られ、呆気に取られた昶と亜耶の声が重なった。
だが、花冠の少女は気にも留めず、「あそこなら魔力の補填もしやすいし」などと自らの言葉に自らで納得している。
「ね、ねえ。“たつみの場所”ってなに? この世界の地名か何かなの?」
「質問の時間は終わりって、さっき言ったんだけど――。辰巳の場所については、ヒロに聞けば分かると思うわ。聴衆の参加は認めるから聞いてみてね」
答えを求めれば、バッサリと切り返される。安定の飄々さで、まるでナゾナゾでも出題したかのようだ。――因みに答えを求めるのにオーディエンスからヒントを聞くのは可らしい。
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