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傭兵をしているから、耳聡さに自信があった。だので、フリントロック式長銃身小銃の撃鉄を起こす――、賑やかな埠頭に不釣り合いな音が耳についた。
咄嗟に音が聴こえた後方へ身を返し、銃撃を警戒しつつ行動に移る。
そこから間髪入れず、亜耶が「当たれっ!!」とビットを操る掛け声を上げる。併せて昶がオートマチック拳銃の引き金を引き、それに追従して撃鉄が当り金と火皿を叩く音が鳴った。
火薬の爆ぜる発砲音が、埠頭の賑わいを押し込める。と、間もなくして予期せぬ音に身を竦めた民衆が再び騒めきを取り戻し、蜘蛛の子を散らすように“紫電”から遠ざかっていく。
そうした逃げ惑う動きを傍目に、花冠の少女が左手を前に突き出す姿勢で嘆息した。その眼界には、呆気に取られた様子の昶と亜耶の背が見える。
「え、ええ……?!」
「どういう……、ことですか?」
“紫電”が太陽の光を遮って形作る影からは、花冠の少女が操る黒い手の束が湧き出して蠢く。そして、それは昶と亜耶の視界の先を遮る壁のように群がり、昶のオートマチック拳銃での銃撃と亜耶のビットが放った軌跡を阻んだのだ。
よもや自分たちの攻撃が、容易く防がれるとは思っていなかったのだろう。黒と金の二対の瞳が肩越しに背後を見やれば、花冠の少女がゆるりと首を振るう様が目についた。
「ここで殺生事は駄目よ。――ふたりとも、有無を言わせずに当てるつもりだったでしょ」
呆れ混じりの窘めを口にしつつ左手が下ろされ、黒い手の群れは霞のように離散する。
花冠の少女の指摘通り、昶も亜耶も、不意打ち然の銃撃を見舞わせようとした輩への反撃行動を取った。――しっかりと当てるつもりで。
殺らなければ殺られる。さような状況下であったが、花冠の少女にとっては不服だったらしい。
「おやおや。噂の花冠の少女は魔法使いだったか。随分と悍ましい見目の防御魔法もあるもんだ」
昶と亜耶が二の句を紡ごうとすると、不意と風に流れて聞こえた男の低い声。
はたと声の主に視線を向けると――、そこには二十代後半ほどだろう男が一人。
緩く畝のある黒い癖毛に、勝色と呼ばれる黒味を帯びた碧の眠たげな印象を与える垂れ気味な瞳。小綺麗な服装で外套を羽織り、ジャラジャラと貴金属が飾るバンダナを頭に巻く。
その手には長銃身の小銃――マスケット銃だ――を握り、虚をついてきた犯人だということを物語る。
「それにしても――。まさか、俺の弾を止めるほど強固とは思わなんだ。感服するよ」
なんともねっとりとした喋り方をする男である。そんな風に昶と亜耶が憤りも併せて思っていると、男の言葉を聞いた花冠の少女がこてっと首を横に傾いだ。
「……今の。昶さんと亜耶さんの攻撃を受け止めた感覚しか、しなかったんだけど」
おかしいなあ、当たったかなあ――、と至極不思議そうな呟きが昶と亜耶の耳に届くのだった。
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