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「ねえ。頭みたいなところに襲い掛かっているの……」
翡翠の瞳がヒロを見上げていたと思うと、ちらりと正体不明の何か――、その偶像じみた物体の頭に当たるであろう部分へ視線を上げる。
釣られるようにヒロが目線を追い掛け、微かに苦笑いを浮かして頬を指先で掻いた。
「うん。ツクヨミ、滅茶苦茶怒っているねえ」
ビアンカが指先で示した場所では、ヒロの使いの魔物――、セイレーンのツクヨミが金切り声を立てて羽ばたく。
ツクヨミは端正な面持ちを怒りに歪め、鉄の塊に鋭い鉤爪を打ち立てている。その度に爪が金属を引っ掻く耳障りな音が響いた。
「見たこと無いものが縄張りに入り込んで怒っちゃったんだ。止めてくる」
「え?! ちょっと、ヒロ――ッ?!」
ヒロは言うや否や船の縁に足を掛け、身軽い動きでヒトの形を模した鉄塊に乗り上げる。その拍子に船が大きく揺れ、ビアンカは小さく悲鳴を上げて縁に縋り付いた。
複雑に凹凸が連なる部分を足場に、ひょいとヒロは高くまで登っていく。尚も鉤爪で金属を叩くツクヨミの元まで辿り着くと、ヒロは適当な突出部分を片手で把持して徐に上着のポケットに手を差し込んで漁る。
ヒロがポケットに入れた手を差し出した途端――、ツクヨミの攻撃的な動きがはたと止まった。
「縄張りを守ろうとしたんだな。偉いぞ、ツクヨミ。これを持って巣に帰りな。あとは僕に任せて、ね?」
ヒロが優しく声掛けをすれば、立ちどころにツクヨミは顔色を変え、藤色の瞳を細めて微笑む。次には差し出されたヒロの手に握られたもの――、自家製の干し肉を口から出迎え咥えると、大きな翼を羽ばたかせ、鼻歌ともつかぬ鳴き声で喉を鳴らして飛び去っていく。
なんとも現金なものだ。ツクヨミを見送ったヒロは嘆息するが、自らが手と足を掛ける謎だらけな物体に再び視線を向けた。
「さて――、これが何なのかは分からないけれど、このままにしておいたら厄介そうかな。こいつの出番ってところか……」
ヒロは黒い革手袋を嵌めた左手の手首を振るい解し、普段よりも幾音か下がった声で独り言ちた。
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