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“紫電”の装備するランドウイングが噴出音と共に、大気を切り裂くような甲高い音を鳴らす。遥か上空を飛んでいるにも関わらず、その音は海から見上げているヒロとビアンカの耳にも届くほどだった。
「……あんなに重たそうな鉄の塊が、よく空を飛べるよね。あの速度だと、ツクヨミが全力で飛ぶより何倍も早いんじゃないかなあ」
ヒロやビアンカには偶像じみた鉄の塊に見える謎の物体――、“紫電”は大きな音を上げながら容易く飛翔している。雲の白を尾に引いて悠々と空を飛ぶ“紫電”の様子に、上空を見やるヒロとビアンカは呆気に取られていた。
どうしてヒトは上を見据えると口が開いてしまうのだろう、などと半開きになった口元に気付いて引き締め、ヒロはふっと溜息をつく。
空を見上げすぎて疲れた首を解すように捻り、紺碧の視線を落とすと、目に映るのは小型帆船の甲板に並び干された武器の数々。それらを傍目に脱靴して逆さまにすれば、ブーツに入り込んだ海水がひたひたと零れ落ちる。
潮風が濡れた身体を撫でていく冷えを感じながら、水気を含んだ上着も脱いで甲板に放り投げると、カツンッ――、と甲板の木板を叩く音が鳴った。
ヒロは音を気にしなかったようだが、傍らに座り込んでいたビアンカが音に反応を示していた。
徐に床に手を付いて、身を屈めた姿勢のままで膝を擦って動く。雑に放置された黒い上着に腕を伸ばして引き寄せ、幾つかあるポケットの重みを特に感じる箇所を漁ると――。中から姿を現したそれを目にして、翡翠の瞳がきょとんと瞬いた。
「懐中時計……?」
ビアンカが取り出したのは、年季の入った真鍮特有の色を有する、蓋付きのハンターケース型と呼ばれる懐中時計だった。
さようなものがヒロの上着のポケットから出てくるとは思わず、ビアンカは物珍しげに手の中で弄び、把持をして陽光に照らすように掲げる。
男物の大きさと重厚感ではあるものの、上蓋には繊細な花の彫り物があしらわれている。
男物なのか女物なのか。なんとも不整合な作りに首を傾げていれば、ビアンカの様子に気付いたヒロが「あっ!」と焦りの声を上げた。
「やばっ。ポケットに入れっぱなしだったか……」
いくら真鍮が鉄と比べて耐食性が高く錆びにくいと雖も、朽ちないわけでもない。
ヒロの懐中時計は古さを感じるが緑青も湧いておらず、手入れをして大切にしていたのを示唆させる。さような代物を海水に浸けてしまった故、やってしまったと表情で語り、ヒロは肩を落とした。
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