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ビアンカは懐中時計の表面をハンカチで拭い、ヒロへと手渡す。受け取って早々にヒロは懐中時計へ目を移し、金具などの細部の水濡れ状態を確認していった。
「海水に浸かって壊れちゃったかしら……?」
「いや。実は元々壊れて動いていなかったんだ」
「あら? そうなの?」
「うん。ちょっとしたお守り代わりに持っていたんだよねえ。――って、あれ?」
ビアンカに渡されたハンカチで懐中時計を一通り拭い、次に機械内部への浸水を確認しようと上蓋を開けた途端、ヒロは紺碧の瞳を丸くした。
「どうしたの?」
「……動いてる」
紺碧の瞳が映す懐中時計の文字盤――、その上部にある針が動いていた。ゆったりとした動きで秒針がチクタクと時を刻み、その流れを目線で追ってヒロは呆然と呟いた。
「え? もしかして、ぶつけた拍子に直ったの?」
古今東西で実しやかに噂される『機械物は叩けば直る』よろしく。俗言を想起してビアンカが口切れば、ヒロは「まさかあ」と苦笑いを浮かす。
ちょっとした拍子に壊れていた機器が動いたという話は、確かに耳にする。だけれども、確実性も信憑性も無いにもほどがあった。
そもそも時計のような高価かつ繊細な機械物に強い衝撃を与えようなど、露ほども考えないのが事実。だがしかし、今まで動かなかった件の懐中時計が、放り投げてぶつけたことで動き出したのも一つの事実。
そんなことを考えつつ。ヒロは解せなさをかんばせに乗せ、懐中時計を再び紺碧の瞳で映した。
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