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今回のサーブで確実なる勝利を収めようとする側。片や敗北を受け入れず足掻こうとする側。打たれて打ち返しと、幾度ものラリーが続く好試合だ。
跳ねるビーチボールが行き来するのを追う中、ふと亜耶の目にヒロが獰猛な笑みで口元を吊り上げる様が映った。なにかを企んでいるのだろうと思い、咄嗟に身構える。
すると、亜耶の警戒に気付いたヒロは不敵な笑いのまま、言葉を紡ぐべく口を開いていた。
「亜耶とビアンカには悪いけれど、この勝負は僕たちの勝ちで終わらせてもらうよ」
「何を勝手なことを。未だ勝負はついていませんし、こちらは諦めていませんからっ!」
ビアンカが半ば諦めているのを露知らず、亜耶は飛んできたビーチボールを強く打ち返す。
亜耶が売り言葉に強気な買い言葉で返して戦意喪失の皆無を示すが、それを嘲笑うようにヒロは増々口端を歪めていく。悪役然な反応だった。
「僕だって元海賊――うぅん、基、一介の海の無頼漢として勝利の美酒を得る手段は択ばない。いつだって全力だ! ここは体力だろうと知識だろうと、例え運だろうと! 勝つも負けるも、派手に使い切ろうじゃないか!」
言葉終わりに昶の入れ知恵だろう、某ゲームの某豪快女海賊が口にする開戦啖呵を切り、ヒロは飛翔するビーチボールを鋭く見つめて足早に移動する。そして、迎撃の位置決めをしたのか、レシーブの姿勢へ腰を落とした。
ビーチボールを補足した両腕が前に伸び、かと思えばその手の面はビーチボールに触れる直前に上方へと振るわれ――、ヒロの立ち位置の高く上空へ打ち上げられる。
「え? 上へあげちゃったら、昶さんへのパスにならないんじゃ……」
「いくら勝つための手段を択ばないといっても、ドリブルは反則ですよっ!」
一度ボールに触れたプレイヤーが、他のプレイヤーが触れる前に再びボールに触る行為は『ドリブル』と呼ばれる反則行為だ。遊びの域を出ない緩い勝負と謂えど、ルール違反は許容できない。
上空のビーチボールを未だに見据え、そのまま攻撃に移行しようとするヒロへ亜耶が声高に指摘すると――。
「まあ、普通はそう思うじゃん?」
「ところがどっこい。――そっちばかりが息を合わせているとは限らないのよね」
ヒロがニッと不敵に笑って言うと、間髪入れずに後方から昶の弾んだ声が飛んだ。
併せてヒロは伸ばしかけていた腰を再び落とし、傅くように膝を折って背を僅かに丸めていた。
「美味しいとこ取りで悪いわね。――この一撃をもって決別の儀としようっ!」
屈むヒロの脛裏から腰辺りを踏み台に、肩に足をかけたタイミングに合わせて立ち上がられた勢いを活かし、昶が華麗なフォームで宙に跳ね上がる。
ヒロが口上で注目を集めている内に背後に回っていたのだ。えっ、と亜耶とビアンカが思ったのも束の間、昶はどこぞの黄金英雄王が如く、勝ちの確信を声と表情に湛えて腕を振るい下ろしたのだった。
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