<昶と亜耶>

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 難の無い順風満帆ともいえる帰艦飛行の最中――、突然に“紫電”のコックピット内に警報音(アラート)が鳴り響く。  唐突なけたたましい音に肩を竦め、と思えば吃驚に黒と金の瞳が見開いて狼狽(ろうばい)を顕した。 「はっ?! なになにっ?!」  目に映るのは赤の明滅。自動で展開したホログラフモニターには『 EMERGENCY(<緊急事態>)』と赤い文字で記され、昶は敵対勢力の襲撃が頭に過り、焦燥から辺りを見回す。  しかし――、周囲モニターから見える空の情景に、目視できる不穏な敵機の気配は無かった。咄嗟に自機の上かと視線を上げても、太陽を背にして飛翔する機体も見えない。  四方に見えるのは何処までも青く、広大に続く空。そして、(いびつ)な形の白い雲――。  いや、妙だ。と、それらを黒い瞳が映して気が付いた。  空と雲が魚眼レンズを通したように歪んで見えるのだ。正常な状態のはずが無い。 「亜耶。もしかして――」 「はい。周囲の魔力濃度で警報が出ました」  金の双眸が同じように左右を注意深く見やり、冷静な声音で昶の考えが当たっていることを告げた。 「魔力濃度を示す計器が計測不能の『ERROR』表示。これは……」  先ほどから周辺空域の魔力が不安定だとは思っていた。だけれども、ここまで異常な数値を示すほどでは無かった。  些かの焦りが亜耶にも垣間見える。――ここまでの魔力を感知したのは、この世界に転移してから初めてだ。 「昶、このままでは魔法動力炉と魔力増幅装置が充溢(オーバーフロー)して、正常飛行も難しくなります。早々に空域を抜けましょう」 「え、ええ。これは“アトロポス”に戻って報告して、原因も調べないといけないわね」  もしも敵対勢力――、“ラティス帝国”の実験の一環で引き起こされた現象ならば、大事(おおごと)になる。そう考えた昶は(うべな)いに頷く。  亜耶が手早く計器の調整をし、微動の揺れを生じ始めた“紫電”の機体を立て直す。そのまま操作を続けていき、一気に加速をかけて危険空域からの離脱を図る。  ランドウイングが魔力残滓である光の粒子を吐き出し僅かに機体を下げ、昶と亜耶の身体に重力加速を感じさせて“紫電”が滑空していった。  しかし――。 「――――っ! これは……っ?!」 「え?! 今度は何なのっ?!」  “紫電”の向かう先の空に、突として黒く大きな穴が穿たれた。  周囲の青と白を飲み込み蠢く漆黒の穴は、さながらブラックホールを連想させる。そして――、大きな開口部から漂ってくるのは、寒気を催す暗然たる濃い魔力。 「ちょっと、亜耶っ! このままじゃっ!!」 「引き込まれますっ! 昶、“アトロポス”に緊急事態の通信を――」  緊急を告げる警報音(アラート)に負けぬほどの声を張り上げ、昶と亜耶は狼狽(ろうばい)する。  黒と金の二対の瞳が目にしたのは、進行方向に開いた黒い大穴から触手の(ごと)く勢いよく伸びてくる数多の漆黒の腕――。あまりにも驚愕の光景に声さえ上がらなかった。  突然の出来事に回避行動をとることもできず、“紫電”の機体は黒い腕の束に囚われ、闇の中に引きずり込まれていくのだった。
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