<花冠の少女>

7/9
前へ
/219ページ
次へ
 鋭さを帯びた紺碧の瞳が、海賊ふたりが向けてくる二刃の軌道を見極める。獰猛な笑みに口端が歪み、両の腕が勢いついて展開した。  右手に把持するカトラスがひとりの剣を弾き飛ばし、間髪入れずに腹部を蹴り飛ばす。  併せて向かってきていたもう一人のカトラスは、左手に握るソードブレイカーが捉えた。  蹴り上げていた足が地に着くと、僅かに腰を落として左手首をグッと下方へ捻る。すると、ソードブレイカーに抑えられた細身のカトラスは、ギリギリと金属同士の擦れる耳障りな音を立ててたわみ、一点へ無理な力がかかったことで剣身がへし折れた。 「げっ?!」  思わぬ武器破壊を受けた海賊が狼狽(ろうばい)を声に乗せ、押し込みの接点が抜けたことで前のめりによろけていく。  ヒロの胸に飛び込むという一歩手前で蹈鞴(たたら)を踏んで留まり、はたと視線を上目にする――と、眼光炯々(がんこうけいけい)な紺碧が映った、のも束の間。 「生憎だが――。僕には野郎を胸に抱くような道楽(しゅみ)は無いっ!!」  心底の気色悪さをかんばせに宿したヒロが吠え――。次に海賊の上目遣いが映したのは、ヒロが右手首を返し、カトラスの柄頭を振り下ろす動きだった。  立ちどころに海賊のこめかみで鈍い音が響き、呻きを洩らして崩れ落ちる。  完全に昏倒した海賊へ紺碧の瞳が冷ややかな一瞥(いちべつ)を送り、二の足を踏みながらも果敢に攻めてくる残りの海賊へ向く。  ヒロは怒りを顕わにしながらも口元を楽しげに歪ませ、海賊たちの武器を狙い澄まして足を踏み込んだ。 「ふぅん。なんだかんだ言って、やっぱり海賊(おなかま)には優しいわよね。――でも、まあ。ここは衆目も多いから、判断としては正解なのかしら」  豪胆なヒロの立ち回りをちらりと見て、花冠の少女は湯上り用の巾布(バスタオル)で海賊を叩き倒しながら独り言ちる。  中央広場にある目は女性や子供のものが多い。さような場所で無暗に血を流すことに、ヒロとしては抵抗があるのだろう。  賊害(ぞくがい)揶揄(やゆ)を口にしながらも、本気で斬り返さずに抵抗する力を奪っているだけ。背を向けて逃走する海賊のことは、あえて見逃しているようだ。 「愛する祖国や愛する人に、本気の牙を剥けば容赦はしない。でも、昔のままの自由な在り方な海賊行為には、大きな害がなければ寛容。ただし、女性が被害を受けると凄く怒っちゃう。うんうん、ヒロらしいわね」  ヒロの視線は海賊の動向を鋭く睨みながら、花冠の少女の周囲をも気にかけている。  恐らく、花冠の少女に海賊が凶刃を向けようものなら、ヒロは海賊衆を強引に叩きのめしてでも割り込みに来るはず。  花冠の少女の予想は、ヒロの性格を完全に理解してのもの。  だけれど解せないのは、すぐさま自分の近くに駆け寄ってこないこと――。
/219ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加