<花冠の少女>

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 振り回していた湯上り用の巾布(バスタオル)が、海賊の手に掴まれてグッと引かれた。  不図な引く力の流れに花冠の少女はよろけ、咄嗟に足を踏み耐える。  他愛なく湯上り用の巾布(バスタオル)を獲られてしまった。――まあ、武器代わりにしていたのは、所詮は水を含んだ布地だ。振り回していれば自然と水気が抜けていってしまうのだから、徐々に脅威で無くなるのは無理もない。  ぽいっと素っ気なく投げ捨てられた布地に、花冠の少女は不満を露わにして海賊を見上げる。と、途端に力の入った口端が緩んだ。 「あら。怖い顔をしているのね」  花冠を彩る花々の合間から見えた海賊は、鼻上に深く皺を寄せ、こめかみに小刻みに動く青筋を浮かべている。その形相を認めて可笑しくなり、つい揶揄(からか)いを投げてしまう。 「テメエさえ連れて戻れりゃあいいんだ。英雄野郎の相手なんぞ――おぶっ!!」 『英雄野郎の相手なんぞしていられねえ』と息を巻き、その後にも何かを言いたかったのだろうが――、男の言葉は最後まで続かなかった。  首元で鳴った鈍い音に言の葉を遮られた屈強な身体は、ぐらりと左方に傾ぐ。と思えば石畳に吸い込まれ、地に()した。  それの傍目に見えたのは、石畳に木の棒――棍の先端を突き立て、軸足の補助とした上段回し蹴りを繰り出し、亜麻色の髪をひるがえす少女だった。  そうした結末に花冠の少女は、きょとんと立ち尽くしている。 「――大丈夫? 怪我はないかしら?」  少々呆気に取られてしまったが、声をかけられてハッと気を持ち直した。  声の(ぬし)を認識すると、亜麻色の髪に翡翠の瞳をした少女――、ビアンカが真摯に自身を見据えているではないか。 「あは、大丈夫よ。ありがとう」  咄嗟に口元にへらりと笑みを作り、感謝を吐き出す。  ああ、やっぱり鉢合わせをしちゃった――。内心で吐露をしつつ、意想外な助太刀で難を逃れたのも事実。だが、場をやり過ごす術くらいは持っていたのだけれど、と小声でぼやいてしまう。 「それにしても。『悪人に人権はない』って、どこかの誰かの迷言があるけれど――。急所を狙った蹴り技を遠慮なくお見舞いするなんて、()()()()のじゃじゃ馬っぷりよねえ。この容赦なさを見越して、ヒロはこっちに来なかったのね」  ヒロが即座に花冠の少女の守りに入らなかったのは、ビアンカが別方向に伏していたから。  ヒロが海賊衆を惹きつけている間に、注意が疎かになった場所からビアンカが回り込み、花冠の少女を保護する。そんな策だったのだろう。  気心合わせた首尾の上々さを思い、花冠の少女は口元に手を押し当て、くすくすと喉を鳴らす。  不意に笑いだした花冠の少女を前に、ビアンカは怪訝げに首を傾げてしまった。
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