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その2
「初めまして。一年C組。冬月沙夜です。よろしくお願いします」
「同じく、一年C組。夏宗太陽です。『太陽』と書いて『ひろあき』と読みます。よろしくお願いします」
と、僕と沙夜はおなじみの自己紹介を済ませる。
翌日、僕たちは晴れて演劇部として正式に入部ことになった。
「よろしく。二年D組。部長の真崎透です。よろしく」
メガネにおかっぱ頭で一見地味に見える第一印象だった。
「ちなみに部員の人数は二年生男子四人。女子五人。一年生は君たち二人と春風と男子一人。合計十三人だな」
「一人、女の子が足りません」
沙夜は言った。確かにここにいるのは全部で十二人だった。
「あぁ、彼女は事情があってしばらく学校を休んでいるんだよ」と真崎部長は説明する。
「事情ですか?」と僕が聞いたところで二年生の部員たちは黙ってしまう。
何か大きな事情があるに違いなかった。
「ひょっとして去年の文化祭に出るはずだった竜宮城のお姫様の人ではないでしょうか」
と、沙夜は言った。確証もない話を言ったところで二年生の先輩たちは顔が曇った。
まさか沙夜の予想が的中したと言うのだろうか。
重い空気の中、真崎部長は言う。
「察しがいいと困るよ。仕方がない。同じ部員として話しておくから一年のみんなは聞いてくれ。彼女の名前は白雪姫愛。演技はうちの部でトップクラスの実力だ。しかし、彼女は劇の前日に大怪我をしてしまった。ワイヤーで吊るして空中を歩く演技の時に突然ワイヤーが切れてしまい、そのまま落下。彼女は足を骨折する重傷を負ってしまった。その日を境に彼女は学校に来なくなってしまった」
「白雪姫。彼女の両親は狙って名前を付けたと私は想像します」
「いや、それは良いだろう」と僕は沙夜の発言にツッコミを入れる。
「あの、その怪我は深刻なものなのですか?」と春風は聞いた。
「いや、大怪我をしたと言っても全治三ヶ月。彼女の怪我はとっくに治っているはずだ」
「じゃ、何故?」
「私の責任だよ。彼女にプレッシャーを与えてより良い公演をしようと勝手な判断をしてしまった。彼女のことを何も見てやれなかった。何度もお見舞いに行ったが、断られてしまった。どうすることもできない。だから私はこの経験があって二度とこのようなことが起こらないように強く誓った。それはみんなも分かってくれている。してあげられることはもうない。後は彼女の気持ち次第さ」
部員たちは頷いていた。みんな承諾した結果である。
いつか戻ってくる為に名前だけ残してあるのだ。部員の頭数には入っているが、学校に来なければ話にならない。
「しかし、それは……」
沙夜が口を開こうとしたその時、僕は手で口を閉じた。
「言いたいことはわかる。しかし、それはみんな納得した結果なんだ。僕たちが安易に踏み込んでいい領域じゃない」
僕は小声になりながら沙夜に言った。それでも沙夜は納得していない様子だったので僕は後回しにするように振り切った。
その後、部員の間で自己紹介があったが、沙夜は以前、浮かない表情だったことは言うまでもない。
「一年B組。秋山紅葉。『紅葉』と描いて『こうよう』と読む。同じ一年同士よろしく」
僕と沙夜と春風ともう一人の一年生である秋山は握手を求める。高身長で親しみやすい人柄が特徴である。僕は握手を交わす。
「夏宗君。なんと秋山君はあの歌舞伎俳優の秋山修造さんの息子さんなんだよ」
と、春風は自分のことのように自慢げに言った。僕は歌舞伎俳優というのがどういうものなのかイマイチピンとこないので「そうなんだ」と曖昧な返事をしていた。聞けば春風が当時中学生の時に行った歌舞伎の舞台で主演を演じたのがこの秋山修造だというのだ。つまり春風から見て憧れの存在であるその息子が目の前にいるということになる。
偶然にしてはよく出来すぎだ。有名人の息子と同級生とは驚きはある。
「父親が歌舞伎俳優ってことは秋山も将来は歌舞伎俳優を目指すのか?」と僕は興味本位で聞いた。
「どうだろうね。一応、父の影響で演劇部に入ったけど、実際になるかは分からない」
「あなたは無理に父と同じ道を進むのではなく、自分の進みたい道を目指すと良いでしょう」と、横から沙夜が言う。お前は何様だと心の中で突っ込む。
と、まぁ、たった四人しかいない一年生であるが仲良くしていくように沙夜と共に決心する。
演劇部の活動は秋のコンクールがメインであり、オフシーズンというものがある。しかし、オフだからと言って何もしない訳ではない。基本的な筋トレや発声練習は毎日のようにやる。演劇の練習はそのオフシーズンの練習次第で役が決まってくるという。サボれば脇役になるし、逆に頑張れば主役だって夢ではない。だが、一年では最初のコンクールで主役はまずない。だからと言ってサボることはできないのだ。
「一年では私たち四人で支えあって頑張ろうね。主役をもぎ取れるように。ねぇ、せっかくだからこの四人でグループLINE作ろうよ」
春風は提案する。僕たち三人も承諾した。
グループ名は『春夏秋冬』と命名されていた。
「春風。春夏秋冬って?」と、僕は聞いた。
「春風、夏宗、秋山、冬月で春夏秋冬。偶然にもみんな季節の名前だから」
「なるほど」と、僕は納得する。
部活が終わると早速、グループLINEに通知が入った。
「お疲れ様。困ったことがあったりしたら使ってね」と春風からだった。続け様に秋山も「了解」と返事がくる。僕も「了解」と便乗する。
「承知しました」と堅苦しい返事をしたのは沙夜だった。沙夜は文面でもかしこまった表現をする。せめて文面だけでもゆるい会話ができないのだろうかと僕は思う。
「少し気になったことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
部活で上体起こしの筋トレの最中、沙夜は言った。
「演劇に何故このような訓練があるのでしょうか」
「文芸部は一切運動しない訳じゃないだろ。吹奏楽部や合唱部でも校内を走っている。体力作りはどの部活動でも大切な基礎だと思うけどな。なんだ? 入って早々、もう弱音を吐いているのか?」
「いいえ。決してそういう訳ではありません。私にとってはこの程度の訓練は大したことありません。ただ、これで私の克服計画が成立するのか気になっただけです」
「そんなすぐに結果は出るなら苦労しないよ。時間は掛かるのは当たり前なんだから」
「はい。分かりました。私なりに頑張ってみます」
沙夜は素直に返事をした。
「それにしてもお前には疲れというものはないのか? 喋りながら腹筋三十回して汗一つ掻いてないぞ?」
「いいえ。私は凄く疲れています。死にそうです」
言葉とは裏腹に全くそのような気配がないのはいつものことである。しかし、表情に出さないので、限界がきて突然倒れるパターンが僕としては怖い。過去にも突然倒れて病院に運ばれたことがあるのでいつも冷や冷やしている。
「おぉ、お二人さん頑張っているね」
声をかけてきたのは二年生の女の先輩だった。名前は小林巫女。
「あなたは去年のお姫様の代理さんですね」と、沙夜は言った。
「代理……まぁ、その通りなんだけど」
と、小林先輩は愛想笑いをする。
「あなたたち二年生は白雪姫愛さんについて私たちに嘘を付いている。あなたは何か知っているのではないでしょうか」
「沙夜、その件はもういいって」
その時、小林先輩は顔を曇らせた。重苦しい空気がヒリヒリと伝わってきた。
「さぁ、二人とも。部長が呼んでいたわよ。キリが良かったら来てね」
小林先輩は逃げるようにその場を去って行った。
「私の予測ですが、あの人はおそらく嘘をついています」
「いや、予測しなくても絶対嘘ついているのはわかるよ」
「では、その嘘を突き止めに行きましょう」
「それはいいって」
沙夜は本当に小林先輩を追いかけようとしたので僕はそれを止めた。
「あぁ、その件は私も気になっていたんだよね」
放課後、僕は春風に白雪姫愛の件について話していた。
「先輩たちは嘘をついていると私は考えている訳です」と、沙夜は言った。
一度気になったらスッキリしないと気が済まない性格なので面倒くさい。振り回される僕の身にもなってほしいものだ。
「確かに怪我が治ってからずっと学校に来ないのは変だよね。先輩たちにしか知らないトラウマがあるかも」
「トラウマって?」
「それは分からないけど、あまり公に出来ないような何かがあるんだと思う」
それを聞いた沙夜は難しい表情を作る。
「おい、沙夜。また変なこと考えているんじゃないだろうな?」
「いいえ。私は何も考えていません」
と、沙夜は明らかな嘘を付く。
「ねぇ、私も気になるからさ、手分けして情報を集めてみない?」
春風は両手を合わせながら提案する。
「手分けしてってどうやって?」
「おそらく部員の間では話してくれないと思うの。だから他の上級生や先生に聞いたら何か分かるかもしれない。と、いう訳で聞き込みをしよう。秋山君にも手伝ってもらってもらおう」
「それでうまくいくかな?」
僕は不安になる。
「やれることはやろうよ。この聞き込みは春夏秋冬だけの秘密でお願いね」
こうして白雪姫愛の引きこもり事情を調べることになった。
後日、僕と沙夜は春風と秋山を含めた四人で白雪姫愛についての聞き込みが始まった。
白雪姫愛のクラスメイトを中心に聞き込みをしていたが、大きな手がかりは掴めなかった。
どうやら彼女はクラスではあまり目立たず、ずっと本を読んでいるような生徒だったと言う。と、これは春風から聞いた情報だ。まるでどこかの誰かさんと似ている。
「あなたは何故、私の顔を観察しているのでしょうか。不快ですので辞めて頂けると助かります」
素直に見るなと言えばいいが、沙夜はそういう言い方しか出来ないのは知っている。
「困りました。私は難題に差し掛かってしまいました」
沙夜は思い詰めたように呟いた。あえて僕はそれについて「どうしたの?」や「何かあった」と聞かないでおいた。
この場合、いつも余計なことを言って僕を困らせるのがオチだ。聞こえない振りをしていると「ゴホッ! ゴホッ! んん! んーん!」と、沙夜は咳払いをして何としても聞いてくれとアピールをする。うるさいから僕は仕方がなく「どうしたの?」と聞いた。
「私は彼女の謎を突き止めたいです。しかし、肝心なことに私には情報を聞き出す人物が周りにはいません。何故なら私はまだ入学から間もないですし、何より私は初対面の人と会話をすることが困難であるからです」
「それは僕も同じさ。欲を言えばどうしてこんなことに巻き込まれてしまったのか頭を抱えるよ」
「私用で巻き込んでしまったことに関しては謝罪します。申し訳ありませんでした」
「いや、いいよ。どのみち僕も少し気になっていたからスッキリしたいしさ」
「あなたはとても優しい人です」
「うん。ありがとう」
「よう。夏宗!」
昼休み、秋山はわざわざ僕のいる教室まで足を運んでくれた。
「秋山。どうした?」
「例の情報はどうなったかなって思ってさ」
「こっちは成果なし。と、言っても誰にも聞いていないというのが正しいけど」
「だよな。入学したばかりで上級生の知り合いなんて演劇部の人くらいだよ」
「誰かいないかな」
「一つ提案があります」
間から沙夜は割り込んで言った。
「図書委員の人はどうでしょう。白雪姫愛さんは読書好きと言う情報があります。それに人の出入りが多く、情報が豊富だと推測します」
「それだよ。冬月さん。行ってみる価値はありそうだね」
秋山は乗った。
「君たち! 面白そうな話をしているね。私も一緒にいいかな」
春風も話に入って僕たちは放課後、図書室に行くことになった。
「僕、図書室に行くのは初めてだよ」
「あなたは漫画やゲームだけではなくもう少し本を読んだ方が良いでしょう」
「大きなお世話だよ。本なんて字ばかりで読む気にならない」
「本を読むことで得られる効果があります。例えば集中力が鍛え上げられます。更に発想力が豊かになり、今まで知らなかったことや考えたこともなかった知識に触れることが出来ます。よって読書は長所を引き出すことが出来ると言えるでしょう。更に言えば……」
「分かった。分かったから。今度、面白い本があったら貸してくれ」
「はい。私は喜んであなたに本をお貸ししましょう」
放課後の図書室は勉強に励む者の今宵の場となっていた。勿論、私語は厳禁だ。図書委員は私語がないように常に目を光らせている。
「こんにちは。少しよろしいでしょうか?」
「ん? あぁ、あなたは確か、冬月さんだったかしら?」
「はい。一年C組。冬月沙夜です」
「沙夜、顔見知りか?」と、僕は横から言う。
「はい。私は入学当初から図書室に通っているので顔見知りです。ただ、この人の名前は知りません」
「私は三年A組。香月香織。図書委員よ。名前を知らないのは無理もないわね。受付だけの関係だったから。どうしたの? また本を借りに来たの?」
香月さんは大人の色気があり、メガネをかけて如何にも読書好きの雰囲気が出ていた。どちらかと言うと沙夜に若干似ていた。片手に文庫本を添えられている。
「いいえ。今日はあなたにお聞きしたいことがあります」
「私に? 何かしら?」
「演劇部の白雪姫愛という生徒について知っていますか?」
その質問をされた香月さんはメガネを曇らせた。
「知っているわよ。彼女も前はよくここを利用していたから」
その答えを聞いた僕たち四人はアイコンタクトをして頷いた。
「あの、彼女が不登校になった原因を知りたいんですけど、何か知っていることありませんか?」
春風は質問を投げかけた。
「あなたたち、演劇部の人たちよね? なんでそんなことを知りたいの?」
「私たち、同じ演劇部の仲間として彼女のことが知りたいんです」
「知りたいのであれば同じ部員の先輩に聞けばいいんじゃない?」
「先輩からは事故で足を骨折してそのトラウマで学校に来られなくなったって聞いています」
「そう。じゃ、そういうじゃないかな? 彼女はトラウマで学校に来られない」
「しかし、私たちはそうではないと思っています。真相はもっと深刻で残酷であると私たちは考えています」
春風の発言で香月さんの表情が固くなった。
「ここは私語厳禁です。私はまだ図書委員の仕事があるので終わるまで待っていただけませんか?」
香月さんの仕事が終わるまで僕たちは図書室で勉強をしながら時間を潰した。図書室の開放時間が終わるまで僕たちは校舎の渡り廊下で待っていた。
「ごめんなさいね。わざわざ待たせてしまって」
香月さんは申し訳なさそうに現れた。
「いえ。大丈夫です。それよりも……」
「そうね。その前に一つ約束してくれないかしら。ここで言った内容は全て他言無用にしてほしいの。出来る?」
僕たちは頷いた。
「勿論です」と、代表して僕は言った。
「ありがとう。この件は一部の関係者しか知らない内容だからさ。彼女は、白雪姫愛さんは虐めの標的になって部を追放されたのよ」
そして香月さんは語った。
白雪姫愛は比較的に誰とでも親しく話せて明るい生徒だったという。そんな彼女はみんなから慕われる存在であり、周りには人が絶えなかった。彼女は人前に立つことが好きで実行委員や室長に立候補するような積極性がある生徒だった。
そして彼女は演劇部に入った。周囲に立つことが好きな彼女にとってはもってこいの部活だった。彼女は主役の権利を得るために人一倍努力した。部員が帰った後も一人で練習して途方も無い努力を繰り返した。
部長兼監督の真崎透は白雪姫愛の実力を認めていた。時期、主役は彼女だろうと誰もが感じていた。そんな中で彼女を妬む者も多かった。同じように主役を夢見る小林巫女もその一人だった。彼女も実力は充分にある。しかし、白雪姫愛にまで及ばなかった。上位に立つ者は下に認められることで立つことが出来る。だが、彼女は認められていない。そこで小林巫女を主犯として白雪姫愛は虐めの標的となった。同じクラスである小林巫女は手始めに彼女の私物を隠した。それに気づいた白雪姫愛は必死に探し、周りは嘲笑った。
「姫愛ちゃん。もしかしてこの筆箱、あなたの?」
と、差し出したのは隠した張本人である小林巫女だった。
「巫女ちゃん。それ探していたの。どうもありがとう。どこにあったの?」
「いいのよ。廊下に落ちていたよ。気をつけないと」
この自作自演で好感度を売った彼女の快進撃が始まった。
わざとぶつかったり、私物を隠したり、最初は小さな嫌がらせから始まった。しかし、徐々にそれはエスカレートしてトイレの個室にペットボトルの水を上から流したり、上履きの底に画びょうを刺して針を中に浮かび上がらせて履いた瞬間に足を傷つける細工をしたりと攻撃的な嫌がらせを繰り返した。その一環で小林巫女はあえて彼女の味方に付き、嫌がらせをする主犯を庇った。
この自作自演の行動を白雪姫愛は勘付いていた。と、いうより知っていた。何故、自分に優しくしたり、嫌がらせをするのか分からなかった。その裏表がある顔に怯えながら学校生活を送っていた。白雪姫愛はそれでもめげずに学校生活と部活動を続けた。
そんなある日、演劇部でコンクールの配役がメンバーに伝えられた。
「主役のお姫様は白雪さん。お願い出来ますか?」
真崎透は言った。
「私ですか?」
白雪姫愛は驚いたように言った。
「一年でいきなり主役は重い役目だが任せてもいいと判断した。頼めるか?」
「はい。喜んで!」
「ちょっと待ってください」
小林巫女は待ったをかけた。
「何故、白雪さんが主役なのでしょうか。白雪さんが出来るなら私にだって出来るはずです」
「確かに小林は演技も良くて配役としても問題ないかもな」
「だったらなんで……」
「僕は白雪さんの努力を知っている。誰よりも多くの練習をして嫌な顔一つせず、分からないことは迷わず先生や僕に聞いてくる。それに、彼女は演技と感じさせない自然体の演技が魅力だ。きっと良い主役になれると信じている」
「それなら私だって……」
「小林さんは自分が足りないモノを認めないところだ。それさえ認めればきっと変われると僕は思う」
その後、小林巫女は小声で何か言ったが、それは本人にしか分からなかった。
小林巫女はこう思った。白雪姫愛さえいなければ私が主役の座を奪えていたのに。
そんな時、小林巫女は白雪姫愛を誰もいない校舎の裏に呼び出した。
「巫女ちゃん。どうしたの? 急にこんなところに呼び出したりして」
「どうしたの? ですって?」
小林巫女はジワジワと声に怒りが篭った。そして胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。
「あんたのせいで私が主役になれなかったじゃない。どうしてくれるのよ」
「ご、ごめん」
「ごめんって思うんだったら主役を辞退しろ!」
「巫女ちゃん。それはできないよ」
白雪姫愛は掴まれた手に手を重ねた。
「巫女ちゃんは親しく構ってくれるけど、本当は私のことが気に食わないことは知っていた。私の存在が許せないことだって、私が一番よく分かっている。でも、これだけは言わせて。私は実力で主役をもぎ取った。巫女ちゃんも同じように主役になりたいのなら実力で覆すのが筋だと思う」
「ふ、ふざけるな!」
小林巫女は両手で白雪姫愛の身を壁に叩きつけた。
「何が実力だよ。自分がお高くとまりやがって。私を下に見てんじゃねぇよ。あんたの全てがムカつく。名前も顔も性格も声も何もかもムカつくんだよ! 私の前から消えろ!」
「そんなに私のことが嫌いなら初めからまどろっこしい真似をせずにこうやって言えば良かったじゃない。だから主役から外れたんだよ」
その発言で小林巫女の頭身に火が付いた。
「いいわ。私に逆らったことを後悔させてやる。覚えていなさい」
不敵な笑みを浮かべて小林巫女はその場を去った。
その後、今までの嫌がらせがエスカレートした。小林巫女が流したデマで周囲の人間も白雪姫愛を軽蔑し、彼女の前には誰も味方をするものはなくなった。
だが、彼女はそんな虐めから逃げなかった。泣いたり、嫌な顔はせず、ずっと笑顔を絶やさなかった。
その強い精神力が小林巫女を逆上させた。ある時、彼女は白雪姫愛を痛めつけるプランを計画した。演劇の舞台で主役の彼女はワイヤーで宙を舞うという身体を張った演技があった。そこに小林巫女は目をつけた。使用前にカッターナイフでワイヤーに切り込みを入れる細工を施した。そして事故(事件)は起きた。空中から落下した白雪姫愛は全身を強く打ち全治三ヶ月の重傷を負った。特にアキレス腱が損傷していた。
「白雪さんは重傷の為、舞台に出られなくなった。そこで代わりに小林さんにお願いしたいと思います」
「はい。精一杯頑張ります。宜しくお願い致します」
全ては小林巫女の計画通りだった。
入院生活を送っている白雪姫愛の病室にて、小林巫女は現れた。
「怪我の具合はどう? お見舞いに来てあげたよ」
「帰って!」
「友達がわざわざお見舞いに来てあげたのに酷い言い方ね。せっかく来たのに」
「来てくれなんて頼んでない」
「ちっ!」と、小林巫女は舌打ちをした。
「あーあ。一層、死ねば良かったのに」と、小林巫女の表情は変わった。
「やっぱりあの事故はあなたの仕業ね」
「さー。なんのことかな? たまたま古いワイヤーを使っていたに過ぎないわよ。それに私がやったっていう証拠でもあるの?」
「それは……」と、白雪姫愛は口を噤んだ。
「ないわよね? でも、あなたが舞台に出られなくなったおかげで私が主演を務めることになったわ。感謝するわ」
「あんた、やっぱり私をハメたの?」
「違う、違う。そんなことするわけないじゃない。私たち友達なんだから」
「誰があんたなんかと!」
「一つだけ宣告しとくわ」
そう、言って小林巫女は白雪姫愛の肩に手を回し、耳元に口を近づけた。
「二度と学校に来るな。来たらもっと酷い目に合わせてやる。それと、このことを誰かにチクったらタダじゃ済まさないから」
白雪姫愛は蛇に睨まれたネズミのように動けなかった。その心は完全に小林巫女に支配された。
その後、退院した白雪姫愛は学校に登校することはなかった。
「以上が白雪姫愛という生徒について私の知っている真実よ」
香月さんは全てを語り終えた。話を聞いた僕たち四人は重い空気でいた。
「一つよろしいでしょうか?」
沙夜が手を挙げながら聞いた。
「どうぞ」
「一部の関係者しか知らない内容ということですが、何故あなたがそのことについて知っているのでしょうか?」
「それはね、彼女は本を通じて私と文通をしていたのよ」
「文通……ですか?」と、僕は拍子抜けする。今の世の中、ネットが発達している中で文通というワードに時代を感じてしまう。
「文通と言っても彼女から来るだけの一方的な文通よ。借りた本を返す度に彼女は私宛に手紙を本に挟んで返却していたの。最初は『いつもお疲れ様です』と挨拶的な文面だったけど、だんだんと自分の出来事を書いていた。私はその手紙を見るのが楽しみになっていた。喋ったりすることはなく受付で会話をする程度だった。そんなある時、彼女の手紙に別れの内容が入っていた。彼女は私に真実を述べてそれを最後に学校に来なくなった。真実を知っている関係者は私と小林巫女さん。それと演劇部の女子部員のみよ。後はみんな事故があってトラウマで学校に来られなくなったと思い込んでいる」
「その真実を知って何もしなかったんですか?」と、春風は聞いた。
「勿論、しようとは思ったけど、私は彼女とは学年も部活も違う全くの部外者。それに虐められていたのが本当かどうかその真実を確かめる術がない。私はそんな正義感にありふれているような主人公でもない」
「それは、自分が傷付きたくないという逃げですか?」と、沙夜は言った。
攻撃的な発言とも取れる言い方に僕は頭を悩ませる。
「そのような言われ方をされたらそうとしか答えられないわね。私は目立つことが嫌いだから」
「分かりました。ならばその主人公役は私に任せて下さい」
「沙夜。お前、何をする気だ? 変な気を起こすのだけはやめろよ」
「大丈夫です。真実を確かめるだけです。お気遣いなく」
「確かめるって何を? まさかお前……先輩のところに乗り込むんじゃ」
「はい。そのまさかです」
「ストップ! 春風! 秋山! みんなで沙夜を止めてくれ」
「あなたは白雪姫愛に卑劣な虐めを繰り返し、挙げ句の果てに彼女に大怪我を負わせて学校に来られないように脅しをかけましたか?」
沙夜は小林巫女のいる教室の前まで行き、呼び出したところで言い放った。僕は沙夜の行動を止めきれずに万事休すという感じに膝をついた。香月さんの話を聞いた後、全員で止めにかかって諦めた素振りを見せたが、安心した瞬間の隙に沙夜は行動を開始してしまった。まさに油断したところを突かれてしまった。
「はぁ? いきなり何を言い出すの? 冬月さん」
小林先輩は怪訝そうな表情で沙夜を睨む。
「あなたは白雪姫愛に卑劣な虐めを繰り返し……」
「だー。沙夜、ストップ。すみません。先輩。なんでもないんで忘れて下さい」
僕は沙夜の口を塞いでその場を去ろうと試みる。
「ちょっと待ちなさい!」
小林先輩は僕たちを呼び止めた。
「ちょっと来なさい! 話がある」
そして、僕と沙夜は校舎裏に呼び出されることになった。
「まず、その内容は誰から聞いたのか、吐いてもらおうかしら」
小林先輩は言った。小林さんを含め、四人の演劇部の女子メンバーに僕と沙夜は囲まれてしまった。
「その言い方から察するに事実だったと認めるということですか?」
沙夜は歯向かうように問いただす。
「違うし!」と、仲間のメンバーが沙夜の胸板を押した。その反動で沙夜は背中を壁に打ち付けられる。
「沙夜、大丈夫か? 先輩、お願いします。僕たち何も言いませんからどうかここは見逃してくれませんか?」と、僕は媚びを売る。
「夏宗がそう言ってもその子にはその気がないんじゃないかな?」
「はい。ありません。私はあなたの卑劣な行為を黙って見過ごす訳にはいきません」
沙夜は言い放った。本当に沙夜は空気が読めなかった。
「だって。だから見逃す訳にはいかない」
「あの、何をする気ですか? 苦痛は僕が受け持つのでどうか沙夜には何もしないで下さい」
「はぁ? 何カッコつけてんの? てか、あんたら付き合ってんの?」
「僕たちは恋人関係ではありません。幼馴染です」
「ふん。どっちでもいいけど、冬月だけは見逃せないから。ねぇ」
仲間の三人は沙夜を取り囲んで動きを封じた。
「私は手も足も出ません。私は一体、何をされるのでしょう?」
動きを封じられたにも関わらず、沙夜は無表情で呆然としていた。普通なら暴れたりするものだが、沙夜の場合は大人しく捕まった。余裕の態度に見えるが沙夜は感情を表に出さないので相手側としては全く読めない。
「随分、余裕こいているわね。だったら何をされるか教えてやるよ」
次の瞬間、小林先輩は沙夜の溝うち目掛けて拳を振るった。
「痛い」
沙夜は痛がる表情は一切見せなかった。痛がるのは言葉だけだ。
「痛そうに見えないわね。もう一発いっとくか」
再び、小林先輩は同じ場所に拳を振るった。
「痛いです。とっても痛いです」
尚も沙夜の表情は変わらない。
「もうやめてあげて下さい。沙夜は表に顔を出さないんです。だからとても苦しんでいます。やるなら僕にして下さい」
「あんたは黙っていな!」
僕はメンバーの一人に抱きつかれた。
「あんたの弱みは考えているから」
そう言って僕が女を襲うポーズになり、その写真を撮られた。
「喋ったら襲われたって言いふらしてやる」
このような場合、例え事実と違えど、写真だけを見れば僕の立場が不利になる。女の立場が弱いと言う一般理論を突かれた。
「辞めて下さいよ」
「だったら大人しくすることね」
悔しい思いだった。沙夜が傷ついているのにただ黙って見ていることしか出来ない自分が嫌になった。
「さて、どこまで耐えられるかな? 私に逆らったらどうなるか思い知らせてやる」
小林先輩の腹パンは止まらない。これ以上、やったら沙夜の身が危ない。やめろ。やめてくれ。
「はーい。そこまで! 全員、動くな!」
その声の主は春風だった。隣には秋山がいた。その手にはスマホが掲げられていた。
「先輩方。今の一部始終はバッチリ撮らせてもらいました。これ以上、騒ぎを大きくするのであれば生徒会に報告することになりますよ」
秋山の発言でその場の空気が変わった。
「あんたたち、引き上げるわよ」
小林先輩たちはその場を去ろうとする。
「待ってください。小林先輩。あなたには真相を正してもらわないといけません」
春風は言った。
「はぁ? なんのことよ」
「来てもらえませんか?」
春風は物陰に向かって呼びかけた。
そこに現れたのは白雪姫愛だった。緊張しているのか、もじもじして視線を下に向けていた。
「白雪……あんた、なんで」
小林先輩を含め、メンバーたちは白雪姫愛の登場に驚かされた。
「全ては彼女から聞きました」と、春風は言う。
そう、僕は沙夜の行動を止める前に春風と秋山にあるお願いをしたのだ。
白雪姫愛を連れて来てほしいと。今この場に白雪姫愛がいる経緯は僕の計画のうちだった。ギリギリ春風たちが間に合って助かった。結果として彼女の登場で小林先輩は目を逸らすことが出来ない状況に追い込まれた。
白雪姫愛は俯いていた顔を前に向けて右手を高く挙げた。
「私、白雪姫愛は小林巫女に酷い虐めを受けたことを宣言します」
「……は? 何を言っているのよ。あんた」
小林先輩は頑な表情を浮かべる。
そう、今までは圧力で他言できないような恐怖を与え、その証拠を隠蔽するように彼女を登校させないことで事実が隠された。だが、彼女の登場でその証拠は彼女の存在で表される形になる。
「当然、私を大怪我させたこともあなたのせいだって公言します」
「あなたがいくら言おうと、その証拠はどこにもない。そうだったわよね」
小林先輩はこの事実だけは隠せると判断して強気に出た。
「そうね。あれから半年以上経った今では証拠なんて言える代物もないでしょうね」
小林先輩の悪の笑みが強まった。ほらな。と、言ったように。
「でも、半年以上経った今だからこそ出てきた証拠というのがあるのよ」
「はっ! ハッタリも大概にしてよね。そんなのある訳ないじゃない」
その時、白雪姫愛は懐からDVDを取り出した。
「一つだけ、あったのよ。徹底的な証拠が」
「何よ、それ」
「これは私の代わりにあなたが演じた時のコンクール。私も見返してビックリしたわ」
「私から説明させて頂きます」
春風は前に出た。
「今回の事件はワイヤーが切れたことによるものでした。このワイヤーは人を持ち上げるのに強度も高いものでしたが使用期限は役五年とされていました。丁度、事件が起きたコンクールでは使用期限で交換の時期でした。しかし、小林先輩はその使用期限を先送りにして連続で使うように隠蔽した。そして、劣化したワイヤーに手を加えるようにカッターナイフなどで切れ込みを入れた」
「どこにそんな証拠があるのよ」
「このDVDはコンクールだけのものではなく舞台の作業準備も撮っていたんです。その時に画面の隅の方にカッターナイフで作業をしていた小林先輩が不審な動きをしていた。作業とは関係ないワイヤーの調整の時に切り込みを入れる小林先輩の姿がバッチリ写っていました。普通だったら見過ごしてしまうようなところです。もしもこれを教師に報告したらあなたは容疑者として……」
「寄こせ!」
小林先輩は白雪姫愛の手に持っているDVDを奪おうとする。
「どうぞ。あげるわ」
白雪姫愛はすんなりと差し出した。
「あんた、バカじゃないの?」
「私は別にあなたに罪を被ってほしい訳じゃない。ただ、正々堂々としたライバルになってほしいの。もう、卑劣で汚い手を使うのはやめて。正面から向き合ってきてよ。それが私の望み」
「巫女、もうやめよう」
仲間のメンバーは小林さんの肩に手を置いた。
「何を言っている。私はこいつが」
「好き……なんですよね?」
僕は言った。
「は?」と、小林先輩は呆れ顔で言う。
「二人の事情はあまり分かりませんが、少なくとも小林先輩は優っている白雪姫愛さんが許せなかった。超えたかった。勝ちたかった。だから悔しいから虐める。要は好きなんですよ。自分の気持ちに素直になればそれが辿り着く答えですよ。そうでしょう?」
「違う。私はいつもこいつが上に立って見下ろす姿が気に食わなかった。好きじゃない」
「私はほっとけない存在なんだよね? 勝ちたいんだよね? だったら正面から勝負しようよ。私はいつでも相手になるんだから。また、勝負しようよ」
「なんであんたはそんな前向きなのよ。そういうところが」
小林先輩は白雪姫愛に殴りかかろうとするも直前で跪いて、手を胸に軽く置いた。
「むかつくのよ」
「うん。そうだね」
白雪姫愛はそっと小林先輩を抱き寄せた。二人が一つになった瞬間であった。
二人の長い問題がようやく解決した。めでたしめでたしと思ったその時だ。
いつもなら余計な茶々を入れてくる発言がないことに違和感を感じる。
その一方で沙夜は死んだかのようにうつ伏せのまま動けずにいたのは後から気づくことになる。
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