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エピローグ(9)
「窪井は窪井で、新しい人生を踏み出したみたいだな」
「うん」
「だから、たぶん、もう二度とここには来るまい」
「そうね」
それは、偶然にも、育生と愛可も心に決めていたことだった。
二人とも、この五年間、クリスマスには必ず城之内邸を訪れた。遥、二人の真純、牧岡、それに、そのほかこの屋敷で亡くなったすべての人の、魂の平安を祈るために。
だが、それも今日で終わりにするつもりだった。
もちろん、遥や真純のことは、これからもずっと忘れない。忘れないが、もう過去のことではなく、今、そして、未来のことだけを考えて生きていきたかった。
「あら、曇ってきたわ」
愛可が、怪しい空模様に気づいた。
「ああ。それに、さっきより寒くなったみたいだな」
「育生、真純を呼んできて。あの子、邪魔だからってマフラーを車に置いていってしまったの。でも、この寒さじゃ風邪を引いちゃう」
「分かった」
育生は、娘を・・・真純を呼びに行くべく、愛可の先に立って庭を小走りに横切っていった。愛可は、ゆっくり歩きながら、育生の後ろについていった。
その時、それまで大人しく眠っていた赤ん坊が、突然、ぐずぐずと泣き始めた。
「あらあら。よしよし、いい子ね。寒いし、早く帰ろうね」
愛可は、にこやかにあやした。が、赤ん坊は少しも機嫌を直さず、なにが気に入らないのか、手足をばたばたさせて力一杯もがいている。
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