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プロローグ(2)
老爺は、少しがっかりした。終電が到着する前であれば、電車から降りてくるわずかな人の群れを待って、寂しい夜道を一緒に歩くことができる。だが、今夜は、その希望は叶わないようだ。
「コロや、引き返そうか」
老爺は、電信柱のにおいを一心にかいでいるコロに話しかけた。
すると、それまで下向きにかしいでいたコロの耳が、針金でも入ったかのようにぴんと直立した。駅のほうに素早く首を向け、瞬きもせずに虚空を凝視する。
老爺も、コロにつられて駅に顔を向けてみた。自分たちのいるところから駅までは、五十メートルほどの距離がある。
木造の古びた駅舎は、いつものようにひっそりと佇んでいた。駅舎の前にある電話ボックスから、青白い蛍光灯の光がぼんやりと放たれている。駅舎自体は、終電も通過した今、明かりが消えてとっぷりと闇に埋もれていた。中からは、物音一つ聞こえてこない。
老爺は、歯の抜けた口を半分開きながら、駅が普段どおりであることを確認した。
「コロ、行こう」
と、鎖を軽く引っ張りながら、視線を下に落とす。
とたん、ぎょっとして目をむいた。
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