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プロローグ(3)
コロは、散歩をせがむとき以外、完璧なまでに沈黙を守る。吠えたり鳴いたりはおろか、唸ったり呻いたりすることもまずない。まったく人見知りをしない性格なので、知らない人にもしっぽを振るし、馬鹿なので、叱られている時でも、かわいらしく目を見開いて舌を垂らしているのが常だ。
それが今、鼻の頭にまで皺を刻んで、牙をむき出して低い声で唸っている。
老爺は、唖然とした。子犬の時からの付き合いだが、コロがこんなに激しい形相をする様は見たことがない。
コロがふいに、けたたましい声で駅に向かって吠え始めた。老爺は、再度びっくりさせられたのだが、その時、一つのことに気がついた。
コロの後ろ足がガタガタと震え、尻としっぽが今にも地面につきそうになっている。
(脅えている)
老爺は、コロがどうして突然豹変したのか、ようやくその理由を悟った。
(しかし、いったいなにに?)
わけが分からなくて、顔をしかめる。少なくとも、自分の見る限り、ここには、自分たちを脅かすものはなに一つ存在していない。人間はおろか、野良犬や野良猫の類も見当たらない。
(まさか、幽霊?)
馬鹿げたことを想像して、老爺は思わず自嘲した。
しかし、自分の想像に少し背中が寒気だったことも事実だ。犬などの動物は、人間より第六感が鋭いと聞く。もしかしたら、馬鹿犬のコロも、そういうものを感じ取っているのかもしれない。
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