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プロローグ(4)
「コロ、帰るぞ」
駅のほうを向いて足を踏ん張っているコロの鎖を、老爺は力一杯引っ張った。コロは、少しの間抵抗したが、主人に頭を小突かれると、吠えるのをやめて大人しくなった。そそくさと回れ右をして、いつもより少し早いスピードで家路をたどり始める。
老爺は、コロが案外すぐに落ち着いたことに、少なからずほっとしていた。そして、夜の冷気に加えて、なにか説明のつかない気味悪さに肉をぞくぞくいわせながら、こちらも早足でコロのあとに続いた。
老爺とコロが駅に背中を向けた瞬間、駅舎の入り口の窓を覆う厚いカーテンが、風でもそよいだようにひらりと翻った。
そこから、血にまみれた手が一つ、闇を割って現れた。五本の指の第一関節をかっきりと曲げて、わななきながら、埃だらけのガラス窓にべったりと張り付く。
と思いきや、憑き物が落ちたように手から力がなくなった。窓に赤く乱れた五本の曲線を残しながら、その手は窓の下へと滑り落ち、消えて見えなくなった
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