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エピローグ(8)
「まあ、目新しいことは、その子が産まれたことくらいかな。あとは相変わらずだ」
「そうですか。お仕事のほうは、忙しいですか?」
「ぼちぼちだよ」
五年前、城之内家を出てから、育生は、某老舗旅館で番頭として働いていた。もともと、富豪の家に使用人として仕えていた育生だ。接客マナーも細かい気配りもすでに身についており、即戦力としてすぐに採用された。育生は、いざとなれば剪定などの庭仕事までこなせるので、旅館のスタッフの中でもけっこう重宝されている。
「そうですか。それは良かった。何事も、ほどほどが一番いいです」
窪井は、コートのポケットに両手を突っ込んだまま、二人に一礼した。頭をあげた時、冷たい突風が吹き付けて、一回ぶるっと震えた。
「それでは、私はそろそろ失礼します。彼女を迎えに行くことになっていますので」
「ああ」
「気をつけて」
去り際、窪井は、二人になにか言いかけたようだった。唇が、半分ほど確かに開いたのだ。
だが、気が変わったのか、窪井はなにも言わずに口を結んだ。寒そうに背中を丸めて、立ち去っていく。
窪井が背を向けると、育生と愛可は、申し合わせたように顔を見合わせた。窪井は結局なにも言わなかったが、なにを伝えようとしたのか、二人には分かった気がした。
育生は、それをあえて口にした。
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