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そうか、これが「彼」だったのか。そうか。
「彼」は、壁にもたれ、微睡むような体勢で其処に在った。
「彼」の枯骸は、ところどころ朽ちて崩れてはいるが、その骨格は殆ど完全な状態で残っていた。その骨格の形状は、私が知る人類のそれとあまり変わりはない。
ただ、「彼」の状態について、極めて異質な点が一つ。「彼」の体には、おびただしい数の無機物の残骸が癒着するようにして存在していた。これを見たとき、私の中のあらゆる疑問が解けた。
この塔が、唯一風化を免れ、その形を留めていたのは何故か。「彼」の亡骸が、殆ど完全な状態で残っていたのは何故か。
「彼」は、その個体は、おそらく唯一、生き延びていたのだ。他の生命体が滅びた後も、数年、数十年も、百余年も、たった一人。自身の体を作り変え、無機物を組み込み、半機械化した存在として生き延びた。塔を作り、守り、ひたすらに信号を送り続けていたのだ。
……助けを求めていたのだろうか。
私に送られていた信号。私はただ、その度に、浮かれるばかりであった。これ程に切実な状況だったと、助けを求めていた可能性など、考慮しなかった。
私が送った電波信号は、「彼」に届いていたのだろうか。──だとすれば、私は相当に残酷な事をした。希望だけを無責任に与えておいて、何も間に合いはしなかった。
……済まなかった。
私は、あまりにも遅かった。
もし、私が光の速さを追い越せれば、出会うことが可能だっただろうか。
たった一人で、どんなに心細かっただろう。一体どんな気分で、最期の時を迎えたのだろう。
──君は、どんな生物だった。どんな見た目をしていた?
この枯骸の一部を持ち帰り、分析すれば、生前の姿を再現することができるだろうか。
……いや、やめよう。結局人類は、恐竜の姿さえ知らぬまま滅びたではないか。仮に、再現できたとて、それは君ではない。
──もう、行こう。この惑星を離れよう。そして何処かへ──何処へ? もう当てもないのに。そろそろ、私は疲れたのかもしれない。
うなだれ、「彼」の遺骸の傍、後方の壁に力なくもたれかかる。目的を放棄して、このまま此処から一歩も動かず、全てを終わりにするのも、案外良いのかもしれない。
──その時、私の指先に何かが触れた。
透明な容器だ。手に取ると、容器は特殊な素材で造られており、完全に密封されている。そして、内部に非常に小さな何かが封入されていた。何だろうか──分析する。……これは、植物の種子だ。地球の──サクラソウ科植物の種子によく似ている。しかもその種子は休眠状態で、まだ発芽する可能性を留めていた。勿論、これが生育できる環境に置かれればの話だが。
「──参ったな。君まで私に託そうとするのか。」
こんな物が、君にとっての希望なのか。
──ならば良いだろう。連れて征こう。
私は、いつか必ず生命に適合した惑星を見つけ出す。そして、地球生物の細胞とともに、この種子をその場所まで送り届ける。
──何百年、何千年先になるか予測もつかない。しかし必ず、やり遂げてみせる。約束するから。
そして、私は、この惑星を去り、宇宙の闇をまた進んで行く。
──さあ、旅を続行しよう。
────
──────
電子音が鳴る。私は、私自身に語りかける。
──ハロー、ハロー。私の名前はノア。地球を発ち、今日で711年と65日。
私は、いずれ何処かの惑星の神になるであろう存在。いずれ無数の真新しい生命に出会うであろう存在。
私は、私が自身に課した役目を果たすべく、永遠の闇の中を進み続ける。
私を動かすのは、MW−エンジン──地球人類の英知の結晶。
それから、これは君が教えてくれたことだが……
──「孤独」こそが原動力だ。
ハロー、ハロー。いつしか出会う全ての生命へ。
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