シグナル

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私の一部が微かに震え、ポンと電子音を鳴らした。 これは、24時間が経過したことを示す合図だ。私にとってはその間隔が、瞬きをする間のように短く感じられる。かつて地球において、太陽が昇り、沈み、また昇るまでの時間、一日が経過していた時間。 しかし、地球を離れ、太陽系をも置き去りにし、永遠の闇の中で旅を続ける私にとっては、そんな時間の経過など、数える意味もない事なのかもしれない。 それでも私は、この音が鳴る度に、私自身に語りかける。私が何者であるか、私が私の役割、存在意義を記憶していられるように。 ──ハロー、ハロー。地球を発ち、326年と112日が経過した。私の名前はノア。いずれ、何処かの惑星(セカイ)の神になるであろう存在、その為に造られた存在。私は私が課せられた役割を果たすべく、この宇宙空間を進み続ける。私は地球人類の最期の希望、方舟計画の遂行者だ。  生命の惑星(ホシ)としての地球が枯れた頃、滅亡の時を待つだけの地球人類は、最期に一縷の望みを込めて私を造り出した。人類を含め、地球上のあらゆる動植物の生殖細胞を凍結させ、私の内部に搭載し、私を宇宙へと放ったのだ。  私が課せられた役割は、これらの生命が生存できる惑星(ばしょ)を探し出すこと。そして、其処へと送り届け、生かし育てること。  ──私は、高度な人造の知能が搭載された、一体の宇宙船である。  目的を遂行すべく、私は、秒速約27万km、光の速度にも近いこの速度で、宇宙の暗闇の中を進み続ける。私を動かすのは、MW−エンジン──地球人類の英知の結晶、最期にして至高の発明品 。宇宙の真空空間では、燃料等消費することなく、際限なく移動することが可能だ──理論上。  そして、私を操縦するのは、人型(ヒューマー)ノア。操縦・探索能力に優れ、私と同一の意識を共有する小型の──人間の女性の形を模した私の分体。  私は、私が与えられた物の全てを駆使し、私を動かし続ける。──遠くへ。できるだけ遠くへと。私自身に言い聞かせながら、私は、終わらない夜を往く。課せられた役割を果たす為に。
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