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ミセス・アレンには高校生の息子さんがいて、ある夜のこと、彼は友だちとその農場が開催していたコーンメイズの夜間版「ナイトメイズ」に出掛けた。
大人限定の「ナイトメイズ」なるイベントがあることは、農場に出ていたサイン(看板)で知っていたけれど、昼間でも散々迷って出られずに、恐怖に陥った巨大迷路へ、周囲が暗くなる夜間に挑戦しようだなんて物好きがどこにいるのかと思ったら、意外にも身近にいたというワケだ。実際「ナイトメイズ」はティーンの間では大人気で、週末には入場待ちの列が出来ることもあるらしい。
ミセス・アレンの息子さん・マシューは、ハイスクールの友人三人で、そのファームのナイトメイズを訪れた。懐中電灯を片手に、いざ迷路へと向かうが、何しろ暗いうえに延々と続く背の高いトウモロコシの壁に囲まれた同じような道を歩いていると、わずか数分で元来た道さえ分からない状態になってくる。
仮装用の恐ろし気なマスクが装着された案山子が、道のそこかしこに立っていたり、カセットデッキで不気味な音楽が流されていたりの仕掛けも、最初のうちはワイワイと楽しんでいたけれど、三人は次第に終わらない迷路に心細くなっていった。
「おい、もう十一時をとっくに過ぎてるぞ」
友人のひとりが、不安げな声を上げた。気が付けば、メイズに入ってから既に二時間近く経とうとしていた。始めのうちは、道の先やトウモロコシの向こうに、他の若者たちの懐中電灯の明かりが見えていたりもしたのに、いつからかそれも全くなくなった。メイズは十一時には閉まる旨が、入り口で書かれていたはずだ。急がなければと、三人は焦り始めた。
「あ、誰かいる」
懐中電灯で照らした先に、マシューは人影を見つけた。麦わら帽子に、チェックのシャツに黄土色のオーバーオール姿の老人。この農場の人だろうか。だとしたらありがたい。出口への近道を知っているかもしれないと、「Hi」とすぐさま声を掛けた。すると老人は、迷路に難儀するマシューたちの様子を察したのか
「Turn Left (左に行け)」
とだけ不愛想に呟いた。「Thank you」と礼を言って老人の横を通り過ぎる際、彼の後ろに小さな女の子が隠れているのが目に入った。この土地での十月の夜には寒いだろうに半袖のワンピース姿で、細い手足を夜風に晒している。胸元に抱いている人形のようなものは、トウモロコシで出来ているノスタルジックな代物だった。じっとマシューたちを見送るだけで、少しの笑顔も見られない。
「今のも演出だったのかな?」
そう思ってしまうくらい謎めいた、老人と孫娘かと思われた二人だったが、マシューたちは素直に従って左へと進んだ。しかし、いくら進んでもトウモロコシの道は切れることがない。T字路に差し掛かったところで
「Turn Left」
マシューたちの背後から声が聞こえてきた。振り返り、懐中電灯を向けると、先程の老人と少女が光の輪の中にぼうっと立っている。
「……Thank you」
お礼の言葉は口にしたけれど、マシューの頭には幾つもの疑問符が浮かんだ。あの二人は自分たちのあとをつけてきたのだろうか? いや、足音は聞こえなかったはずだ。それに、懐中電灯も持っていなかったみたいなのにどうやって? 隣を歩く仲間たちも奇妙に思い出したのか、三人とも無言のままだんだんと小走りになっていく。再び道が二手に分かれた。
「Turn Left」
すぐ後ろで声が聞こえる。マシューは振り返ることなく、仲間に告げる。
「右に行こう」
頷いた仲間たちと共に、マシューは駆けだして右折した。
「Tuuuuuuuuurn Leeeeeeeeeft !」
指示に従わなかったことに腹を立てたのか、老人とは思えないような声量の怒号が三人の背中を追ってくる。そこへ ──
バンッッッッ
轟く重低音と共に、背後から驚くほどの光が浴びせられ、思わず振り返った。まぶしさに目がくらんだが、目が慣れてくると、逆光に黒く浮かび上がるトウモロコシの茂みの向こうに、ライトを煌々と灯し機械音を唸らせている巨大な影が見えた。収穫用のコンバインだ。
「やばい! 走れっ!!」
刈られる。このままでは刈られてしまう。命がけで走る三人を、マシンの回転音がひたすら追い続けてくる。走っても走っても、それでも出口は見つからない。
「ダメだ! このまま突っ切るぞ!!」
迷路の道に従っていては、きっと永遠にここから抜け出せない。トウモロコシの茂みをまっすぐに突き進んでいけば、いつか畑の外にたどり着けるはずだと、マシューは先陣を切ってトウモロコシの中へと飛び込んでいく。まるでジャングルの中を突き進んでいくように、行く手を阻むトウモロコシをなぎ倒しつつ、ひたすら先を目指す。何度か方向転換をしたにもかかわらず、コンバインの光と音は執拗に彼らをつけ回す。
「うわぁぁぁぁぁっっ」
いきなり視界が開け、目の前からトウモロコシが消えた。勢いあまった三人が地面に倒れ込むと、
「……あれ?」
辺りは静まり返り、小さな明かりを灯した納屋と、夜の農場の穏やかな風景がただ広がっているだけだった。執念深く追いかけてきたコンバインのライトはいつの間にか落ち、音ひとつしない上に影も形も見られない。
「……とにかく、車に戻ろうぜ」
少しでも早く、落ち着ける場所に行きたいと、三人はトウモロコシの迷路の外周を辿りながら、入り口を目指した。
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