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「おーい、まだいたのか。そろそろ閉めるぞ。早く帰れ、坊やたち」
なんとなく見覚えのある場所にまでたどり着いたとき、携帯用のランプを手にした身体の大きなひげ面の男が、三人に向かって陽気に話しかけてきた。農場の関係者のようだった。
「坊やたちで最後だな。どうだ、迷路は楽しめたか」
殺されるかと思ったほどなのに冗談じゃないと怒りたかったが、マシューは取り敢えず気がかりだったことを彼に伝えた。
「まだ中に、お爺さんと女の子がいます。あの人たちは、ここの農場の人ですよね?」
「はぁ?」
ひげの男は、何を言っているんだとでも言いたげに目をむいた。
「ここは俺の農場だ。ウチには坊主は五人もいるが、女の子も爺さんもいない。それに夜の迷路に、子供連れの爺さんを入れるわけがないだろう。迷われでもしたら大問題だ。なんだお前たち、もしかしてドラッグでもやっているのか?」
薬どころか、アルコールすら口にしていない。そんな風に疑われるのは心外だったが、
「ほら、帰った帰った」
ひげの農場主に追い立てられるようにして、三人は車を停めてある広場へと向かった。広場には、マシューたちの他に、もうひと組の若者のグループがまだ残って雑談を交わしていた。
「Hi 、どう? 楽しんだ?」
目が合ったひとりの女子に声を掛けられ、マシューは答えた。
「とんでもない。コンバインで追いかけ回されるだなんて、シャレにならないよ」
「は? 何それ」
「俺たちが回ったときは、そんなんなかったぞ」
まるで心当たりがない様子の彼らに、マシューたちは食い下がる。
「嘘だろ? ここにいたって音ぐらい聞いただろ? でっかいモーター音で走っていたコンバインの音を」
「ライトは? 目がつぶれるんじゃないかってくらい、明るいライトを点けて走っていただろ?」
マシューたちに返ってきたのは、彼らの怪訝な視線だけだった。
「……じゃあ、女の子とお爺さんに、中で会わなかった?」
回答は想像がついたが、マシューは彼らに念のため最後の質問をした。
「誰にも会ってねぇよ。ていうか、この迷路の中にあったのは、ボロい案山子が何体か立っていただけだろ?」
おかしな奴らだなと笑われながら、マシューたちは黙って車に乗り込んだ。
「……でも、俺たちは見たよな」
三人は頷きあって、夜の迷路をあとにした。
「って、こんなことがあったのよ。貴女は怖い思いはしなかった?」
「ウチの家族は平気だったわ。まあ時間も昼間だったしね」
ミセス・アレンの話は、自分も最近訪れた場所での出来事だっただけに臨場感があったが、とにかく自分と家族の身に何事もなかったことに安堵して、私はその日のレッスンを終えた。
しかし、車で自宅に向かう道すがら、ふとコーンメイズに出掛けた日のことが思い出された。巨大な迷路をさまよい、出口を探す途中に、何度か息子がこんなことを言ってこなかったか?
「ねぇ、あの女の子と男の人に聞いてみようよ」
背後を振り返り、指さす息子の視線の先を見ても、そんな人影は見当たらなかった。もしかして、あれは ──
翌年のハロウィンでも再びこの農場を訪れたが、もちろん迷路には入らずパンプキンパッチのみを楽しんだ。
「君子危うきに近寄らず」だ。
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