Sound 1-2

3/6

15人が本棚に入れています
本棚に追加
/153ページ
 *  目を覚ました時、私の視界は見慣れた風景で塗りたくられた。 六帖の部屋には学習机とベッドの他にクローゼットがいくつかあるだけで、面白味の欠けた退屈な部屋だ。 それ故に、目の前に広がっていた夢景色が霧散した瞬間は、胸に穴が空いたような気さえした。 「はあぁぁぁ……夢かあぁぁぁ」  両手で顔を覆って、ここぞとばかりに嘆く。 足もばたつかせた。  そりゃそうだよな。 生徒手帳と引き換えに謝罪を要求しただけの人間が、あんな風に親身になってくれるなんて現実的に有り得ないのだから。 「……でもやっぱり、かっこよかったなぁ」  夢の中でも、彼の声は心地良かった。 思い出すだけでも胸がドキドキするし、自然とにやけてしまう。 どうしてあんなにも素敵な声なの……。  昨夜、彼と似たような声優がいないか片っ端から調べ上げた。 動画サイトの視聴履歴は声優ラジオで埋め尽くされているのだが、結局のところ似た声優はいなかった。 お陰で寝不足だ。 瞼は重たいままだし、もう一度寝たいと脳が駄々をこね始める。 しかし学校には行かなくてはならないので、私は仕方なくベッドから起き上がるのであった。  目を擦りながら、制服をクローゼットから取り出す。 のそのそと着替えて、盛大に欠伸をしながら襟のリボンを結ぶ。  こんないつも通りの生活に、彼の声があれば良いのに。 そうすれば、どんなことでも頑張れる気がするのに……。  ──と、私は気付いた。 「いつもの生活に彼の声、か」  次いで、巨大な豆電球が頭上から飛び出してくる感じがした。 「そうだ。 放送部……放送部に入部させることが出来ればっ!」  途端、寝起きの気怠さや瞼の重さが一気に吹き飛んだ。 頭の中で大爆発が起こったのだ。  そうだ、その手があるじゃないか!  あの声で昼休みのアナウンスがなされた暁には、コーヒーの香りと同等なリラックス効果が得られる(主に私)に違いない!  放送部の廃部が覆らないならせめて、最後の日まで部に華を咲かせるのも良いのではないか?!  私は右手で作った拳を天井に向けて掲げた。 「よぉし、やってやるぞっ! 絶対に放送部に入部させるんだからっ!!」  声高々宣言すると、下の階から「うるさい」とお母さんの文句が響く。 私は咄嗟に口元に手を当てて、未消化の活力を呑み込んだ。  ──ごめんなさい。 しかしながら私はこの衝動を抑えられないのです。 多分、お母さんには伝わらないと思いますが。
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加