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──放課後、私はアオイの期待も一緒に胸に仕舞い込んで職員室に向かった。
これは余談なのだけど、生徒がまだ大勢いる中で職員室に足を運ぶのは少し嫌だったりする。 職員室に用事があるのは大概悪さをした者だけだ、という帰納的思考が蔓延っているから、まるで私が悪事をしたように思われるのが嫌なんだ。
やや周りの目を気にしながら職員室の扉をノックし、「鶴一先生に用事がある」と口頭で伝えた。 鶴一先生は顧問であると同時に私のクラス担任でもあるのだ。 もしかしたら、顧問として声の良い生徒を探していたりするかもしれない。
程なくして先生がやって来て、
「どうした、天音」
「先生にお訊きしたいことがあるんです」
「俺にか? 放送部のことについてかな」
話が早い。
「あながち間違いではないです」
「ふぅむ」先生は少し伸びた顎髭をいじりながら、「それで、具体的な要件は」
「あ、はいっ。 あのですね、とある生徒を探しているんです」
「生徒を?」
先生は「立ち話で済みそうにないな」と自分のデスクに向かって歩き始める。 私は広い背中の後を付いて行く。 今日もコーヒーの香りが室内を漂っていた。 これらが形を変えてしまう前に、私は用事を済ませたい。
先生がデスクのチェアに腰掛けたところで、私は話の続きを行った。
「実は昨日、先生と話し合った後で一人の男子と出会ったんです」
「ほう。 それで?」
「その男子、めちゃくちゃイケボだったんです! で、是非とも放送部に入ってほしくて……。 先生、そんな生徒に心当たりないですか? 同じ学年なんですけど」
「他に何か特徴はあるのかな」
「えっと……。 声だけ、です。 あんまり声の衝撃が強くて、どんな顔だったかまでは覚えてなくて……」
先生は悩ましげに唸って腕を組んだ。 手掛かりの無さが、やはり話の堰き止め要因となっている。
先の先生に抱いた期待は砕かれてしまったため、私も改めて昨日の記憶を掘り起こそうと腕を組んだ。 が、どうやっても靄が立ち込めてしまう。
「他の先生に訊いてみるか」
先生は組み替えた腕をデスクの上に乗せ、斜向かいの席にいた別クラスの先生に声を掛けた。
「中村先生、ちょっとお訊きしたいことが──」
話を聞かされた中村先生は鶴一先生と同じように腕を組み、二、三度首を左右に傾げてからまた別の先生に問い掛けていた。
そこからは伝言ゲームのように生徒の情報が渡され、遂に一人の先生の元で光が差したのだった。
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