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「ひょっとして、能鷹くんかな」
丸眼鏡をかけた女性──若山先生が、桃色の口先に指を当てて小首を傾げたのである。 たしかあの先生は二組の担当だ。 六組の私にとって関係性が皆無に等しい立ち位置にあり、「能鷹くん」と名前を言われても直ぐにピンと来なかった。
若山先生は「たしか四月だったかな」と記憶を手繰り寄せるように前置きし、その能鷹何某くんとやらを説明してくれた。
「自己紹介の時間があって、能鷹くんが声を発した時にクラスメイトの一部が色めき立っていた気がするの。 わたしもね、声が素敵だなとは思っていたんだ。 だから貴女が探してる格好良い声を持った男の子っていうのは、能鷹くんのことなんじゃないかな」
まさかこんなにもあっさり有益な情報が得られるとは。
私の頭の中で、能鷹何某くんと昨日の男子とを合致させる音が鳴ったような気がした。 間違いない。 私の探し求めていたのはその男子だ。
「先生、彼──能鷹くんと会うことって出来ますかっ!?」
ここが職員室であるにも関わらず、口を衝いて出た言葉はそれなりの声量だった。 視界の端で、鶴一先生が口元に人差し指を立てるのが見えた。 気がする。
「まぁ、彼に会うことは出来るわよ」
若山先生は苦笑しながら答えた。 が、次に私が喋るのを遮って「だけど」と話の流れとしては使って欲しくない接続詞を用いた。
「能鷹くん、あんまり体調が優れない子でね。 いつまた学校に来られるか分からないの。 出席日数もあるし、なるべく登校出来るようにはしてるんだけどね」
「……そう、なんですか」
あんなに勢い良く人にぶつかる人間が、病弱だっていうイメージが思い浮かばなかった。 それとも、私の病弱に対するイメージが偏っているんだろうか。
ともかく、私はコンタクトが取れるならと話を進めた。
「じゃあ、能鷹くんが高校に来たら私に教えて下さい。 放課後ならいつでも放送室に居ますので」
「ええ、分かったわ」
「ありがとうございます。 では、改めてお願いします」
私は今一度頭を下げて、話を回してくれた鶴一先生にもお礼を述べてから職員室を後にした。
今日のコーヒーの香りは、リラックス効果を維持してくれたままだった。
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