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「──能鷹くん、少し良いかしら」
昼休み。 教室で弁当を食べていると担任の若山先生がやって来て、こっそり僕に話を掛けてきた。
この教室には僕以外いないのに、どうして毎回僕の内情を探るような言い方をしてくるんだろう。
「……何ですか」
進めていた箸を止めて、訊く。
先生は横断歩道を渡る時のように廊下の左右を確認すると、静かな足取りで教室に入って来た。 物音の一つでも立てたら僕が癇癪を起こすとでも考えているんだろうか。 無論、そんなことは無いのだけれど。
「そんなに身構えなくても大丈夫。 ちょっとしたお願い事だから」
「お願い事……?」
「そう。 能鷹くんに会って欲しい人がいてね」
先生は教室に並べられた椅子の一つ──僕の隣──に腰を下ろした。 職員室から出て間も無いのか、微かにコーヒーの香りが鼻をくすぐる。
「能鷹くんは、幸天音さんのことを知ってるかしら」
「……コウ、アマネ?」
さん、と付いているから人名なのは分かった。 が、記憶を辿るまでもない。 僕は家族以外の名前を出された場合、九割九分知らないのだから。
「誰ですか」
「放送部の部長さんで、六組の女の子なの」
「はぁ」
いや、そんな具体的に言われても知らないものは知らない。 何故、その人と僕は会わなければならないのだろう。
先生は机に頬杖付いて、目を細めた。
「能鷹くんさ、先日の放課後誰かとぶつかった記憶が有るんじゃない?」
……何を唐突に。 話が変な方向に飛んだぞ。
僕は会話の流れを怪訝に思いながらも、少しばかり昨日以降の記憶を掘り返してみた。 そうすると確かに、階段の踊り場で誰かとぶつかった記憶が蘇る。
理由は忘れたけどあの日は急いでいて、踊り場付近にいた影に気付くのが遅れたのだ。 勢いを殆ど落とすことなくぶつかって(あまつさえ女子だった)、だけど人の目に晒されるのは嫌だからそのまま逃げるように玄関まで向ったんだ。 で、生徒手帳を落としたことに気が付いた。 誰かに盗られて良からぬことに利用されては困ると、仕方なく来た道を戻ったところ、その女子が立っていたのだ。
──と、僕は一つの結論に至った。
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