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「──ね、緊張してる?」
「そりゃあ緊張するよ。 今も心臓が暴れてる」
「本当に? 全然緊張してるオーラが感じられないけど」
「頑張って取り繕ってるだけだよ」
彼は胸に手を当て、軽く息を吐いたようだった。
そんな緊張しているであろう彼の表情を、私は窺うことが出来ない。
それは、ここは体育館のステージ袖に設けられた放送ブースであり、間も無く始まるイベントに備えて照明が落ちているためだ。
きっと彼にも、私が頬を強張らせているのは見えていないことだろう。 だけどそれで良い。 お互いに緊張してる顔を見せ合えば、更に舌が動きにくくなるだろうから。
「……それにしても、この一ヶ月色々あったよね」
私はブースに設けられた四角い小窓から高揚や緊張で入り乱れる生徒たちの様子を窺いながら、ぽつりとそうこぼした。
「あったね。 特に、僕の身にとっては驚くほどに」
「……うん。 最初は私の我儘からだったのにね」
「本当さ。 まさかあんなだった僕が、今こうしていることに驚いているよ」
「一ヶ月前の君が見たら何て言うだろう」
「何も言わないだろうね。 口を開けたまま突っ立てるだけだと思う」
たしかにそうかも、と私は口元に手を当てて笑った。
一ヶ月、長いようで短かった。 数年後にこの話を思い出せば、私は青春を過ごしていたんだなぁと感慨に耽ることだろう。
──その時、体育館の照明が、静かな眠りにつくように明度を落とした。 反比例して、生徒たちの騒めきは増したようだった。
込み上げる緊張感に、私は身を引き締めた。
「それではお願いします」
放送ブースの扉が開き、隙間から顔を出した先生が指示を出す。
私たちは暗がりの中、たしかに頷き合った気がした。
カチ、とマイクのスイッチが押され、私の隣ですっと息を吸う音が聞こえる。 彼は胸裏に溜め込んだ緊張感を一気に吐き出すように、マイクに声を乗せた。
「これより──」
私は瞼を閉じて、鼓膜に震えた彼の声が脳や胸に沁み渡るのを感じていた。 同時に、彼と初めて会ったあの日の記憶が、8ミリフィルムの映像のように再生を始めていた──。
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