15人が本棚に入れています
本棚に追加
/153ページ
彼はピンと背筋を伸ばしていて、教室に入って来た私を見つめている。 その双眸は文鎮のように落ち着いていて、ともすれば一切の感情が無いようにも見えた。
「……どうも」彼は、おずおずといった風に頭を下げた。
「ど、どうも」私も乾き切った口腔で言葉を返す。
あぁー……もう、めっちゃ良い声ぇ。 ほんとあの時にぶつかっておいて良かった。 なんなら声を聞くために何度でもぶつかって……って、いかんいかん。 今から蕩けそうになってては話が進まぬ。
私はなるべく物音を立てないよう彼の前に座り、居住まいを正して咳払いを一つした。 側からすれば平静を保っているように見えるだろうが、彼の声に対する高揚が私の緊張とぐちゃぐちゃに混ざり合って、腹が痛い。
「あ、改めて、初めまして。 二年六組の幸天音と申します。 放送部の部長やってます」
名刺でも作っとけば良かった。
「……こちらこそ。 二組の、能鷹ユウセイです」
「ユウセイ、さん?」何となく語呂が似てる言葉が見つかりそうだった。 「どんな漢字を書くんですか」
「……優しいに、声って書きます」
ユウセイ、優声、声優──!
何なの、名前で声が決まるってわけ? 私の声はお世辞にも天の声とは呼び難いんだけど。 はあぁ、羨ましい。
「素敵な名前ですね」思わず口にしていた。
「……はぁ、どうも」
「あ、そ、その、ごめんなさい。 早速本題に移るんだけど」何となく敬語で話すのは抵抗があった。 「能鷹くんには、是非とも放送部に入部して欲しいの」
「……放送部?」
「そう。 この学校に放送部があることは知ってるわよね」
能鷹くんは視線を軽くもたげてから頷いた。 私は話を続ける。
最初のコメントを投稿しよう!