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放送室には既に能鷹くんの姿があった。 彼はミーティング室の椅子に腰掛けており、小説を片手にしている。 彼は私が来たことを確認すると、小説の表紙を裏返しにして机に伏せた。 小説の名前を知られたくないって気持ちは少し分かる気がしたから、敢えて訊かないでおこう。
「ごめんね、お待たせしちゃったかな」
「……ううん、別に」
「それなら良かった」
言いながら私はアナウンスブースの椅子に腰掛ける。 すると能鷹くんはやおら立ち上がり、アナウンスブースへやって来た。
ミーティング室と比べここは圧倒的に狭い。 空間の半分を段ボール箱が占めており、必然と能鷹くんとの距離が近くなる。
そういえば、ここまで距離を詰めるのは初めてだ。
ほのかに心安らぐ洗剤の香りがした。 というか、なかなかに端正な顔立ちをしている。 声ならず顔も良いのか。 羨ましい。
「……どうしたの?」
「ぇへっ?」
思わず変な声が漏れた。 まじまじと彼の顔を見ていたのを誤魔化すために咳払いをする。 私が集中すべきは放送の手本を見せることなのだ。
「あ、えぇっと、昼休みの放送についてだけれど、基本的に喋ることは同じなの。 因みに原稿はこれね」
私から見て左斜め前の壁にホワイトボードが掛けられており、使い古してよれよれになった原稿がマグネットで留めてある。 私はそれを能鷹くんに手渡した。 原稿については平気で諳んじることが出来るから、私には必要無い。
「次に、放送をする前の準備だけど──」
音量調節を行うツマミの位置やマイク電源の入れ方等を説明し、遂に放送を行う瞬間がやって来る。 喋るのは慣れているけれど、誰かに見られながらっていうのはちと恥ずかしい。
私は膨れる緊張感を飲み込んでから、まずはアナウンス音を鳴らすスイッチを押した。 その音が止まってから、マイクのスイッチに載せていた指に力を入れる。 これでどんな物音も校内に響くことになるのだ。
私は、アナウンスブースに溜まっていた冷たい空気を肺に溜めた。
「皆さんこんにちは。 これから、お昼の放送を始めます──」
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