15人が本棚に入れています
本棚に追加
/153ページ
腹式呼吸を簡単に教え終わった私は、次にミーティング室に置かれた引き違いの備品庫から資料を取り出した。
長年使われて来た発声練習用の原稿だ。
このまま備品庫の肥やしになろうというところ、能鷹くんの為に日の目を見ることが出来たのである。
その原稿を能鷹くんに渡し、
「これが発声練習の原稿ね。 今やった腹式呼吸と併用して行うの」
私はお手本として原稿に書かれている文章を諳んじる。 久し振りな発声練習だったけれど、身体は感覚を覚えていてくれた。 そこそこな声量が出ていたのか、能鷹くんは少し驚いている様子だ。
「──っていう感じでね」
「……はあ」
「ま、初めから人前でやるのは恥ずかしいと思うから、家とかで練習してみて。 口の動きと、複式の併用を意識しながらだよ」
「……分かった」
滑舌練習も残っているが、今は必要無いだろう。 今のところ、滑舌が影響して彼の声が聞き取りにくいことは無い。
一通り簡潔に練習方法を説明し終えたところで、私は放送室の壁に掛けたカレンダーに目をやり、「初放送は水曜日にしよう」と提案する。
能鷹くんは緊張と不安を綯交ぜにした表情を浮かべたけれど、練習だけでなく実戦も交えることでステップアップ出来る云々を説明すると、「……分かった」と了承してくれた。 顔色は多分、少しだけ良くなったと思う。
「それじゃ、改めて腹式呼吸から始めよう──」
そうして来る水曜日、私は能鷹くんの裏事情を知ることになるのであった。
最初のコメントを投稿しよう!