Sound 1-1

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 コーヒーの香りが離れると、今度はリノリウム廊下にへばり付いていた冷気が私を包み込んだ。 誰もいなかったから盛大にくしゃみをしてやった。 吹奏楽部の音が掻き消してくれるだろう。  鼻の下を指で擦りながら、改めて忌々しい方針書に目を通す。 『──放送部は人数不足に伴い、次年度より廃部の意向とする。 後任は生徒会とし、現放送部員は新たな部に所属。 又は、生徒会の放送役員としての職に就くこととする──』  紙に穴を開けさせるような眼力で文章を追っても、魔法のように内容が改善されることはない。 九割九分変わらない事実なのだから。  溜息を吐いて、方針書を三つ折りにした。 いっそ丸めてゴミ箱に捨てたいが、それは後が怖いからやめておいた。 「どうして不人気かなぁ、放送部……」  たしかに式典や運動会で進行役を務めるのは緊張するかもしれない。 噛んで揶揄われるのが怖いのかもしれない。 だけど、  流暢に文書を読めた時の快感といったら!  運動会で結果発表をする時の高揚感といったら!  自分の好きな曲を昼休みに流せる喜悦といったら!  案外、放送部も悪いことばかりじゃないんだよ……。  が、いくら胸裏で叫んでも誰の耳に届くでもないし、私はまた一つ溜息を吐くのだった。  今日はもう放送室には寄らず、真っ直ぐ家に帰ろう。  ただ、職員室には手ぶらで来ていたから、鞄を取りに一度教室に戻らなければならない。 さすがに今の話し合いで、「鞄なんてどうでも良いやい」って思うほどに心はやさぐれていない。  ──いずれこうなるって分かっていた自分もいるから。
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