Sound 2-4

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 ♢ 「座席が無いって、どういうこと?」  能鷹くんの言葉に、私の頭の中は真っ白な霧で覆われ始めた。 座席が無い、というのは文字通りの意味なのだろうか。 はたまた比喩的表現なんだろうか。  私が二の句を継げないでいると、能鷹くんは自嘲気味に笑って言った。 「……そのままの意味だよ。 あの教室に、僕の席は無いんだ」 「それなら──」  授業はどうやって受けているんだ。 私はそう言おうとして、しかし口を噤んだ。 能鷹くんが先に答えを教えてくれたからである。 「……不登校が祟って、今はあの特別教室に身を置いてるんだ」 「そう、だったんだ」  何か得体の知れない流動物理が、喉を通り抜ける感覚だった。  同時に、昼休みは私より先に放送室に来ていた理由にも納得がついた。  つまり、「能鷹くんは元より体調の優れない人」というのは、若山先生の作り上げた彼への慮りによる嘘だったのだ。 故に、先生は能鷹くんが変わりつつあることを嬉しく思ったんだろう。 よく考えれば分かったかもしれないのに、私の無駄な推理は能鷹くんの心象に土足で踏み込むようなものだった。 「……別に、気にしないで良いよ」私の内情を察したらしい能鷹くんはそう言って、片手に持っていたコンポタの缶を机に置いた。「……だけど僕は、あの空間にいつまでも居ようとは思わないから」 「えっ?」  能鷹くんは何か言葉を探すように視線を机上に走らせ、ややあってから「……変わりたいんだ」と小さく呟いた。  私が聞き返すよりも先に、彼は改めて言葉を継いだ。 「……僕はこの声で、見る世界を変えたい」  それは、能鷹くんの発する二度目の決意だった。
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