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教室のある三階に向けて階段を上がっていると、上階から降りてくる足音が聞こえてきた。 パタパタと乾いた上履きの足音が、吹奏楽部の練習音に混じって耳朶に流れ込んでくる。 どうやら急いでいるらしい。
本来なら安全面を考えて私は立ち止まるべきなんだろうけど、階段を急いで降りる人間の方が安全に気を配るべきだ、と私は進み続けた。
で、案の定、踊り場を直角に曲がったところで上半身に衝撃を受けた。
意外と相手の勢いが良かったため、私の口から「うぇっ」と蛙が潰れたような女子らしからぬ声が漏れた。
ぶつかって来たのは男子だったが、私は恥ずかしさを覚えることはなかった。 それは、件の男子が一言も詫びることなくそのまま階段を駆け降りてしまい、私が呆然としたためである。
「えっ、当て逃げ?」
あんな勢いでぶつかって来たのに? 謝罪の一言も無し?
……なるほど。 察知した危険を回避できない鈍感な私が悪いと、あの男子は言いたいわけか。 よく解ったぞ。 胸元の徽章は私と同じ緑青だった。 今度顔を合わせることがあれば、一言文句を吐いてやろう。
そう思いながら再び階段を上がろうとした時、
「ん? 誰のだろう」
踊り場の隅っこに、生徒手帳が落ちていることに気が付いた。
手帳は徽章と同じく緑青のカバーに包まれていたが、これは私の物ではない。 私のは鞄に入れっぱなしなのだから。
──では誰の手帳だろうか?
手に取って表紙を捲ってみると、「あっ」と声が漏れた。
生徒手帳は生徒一人に一つ支給されるわけだから、勿論誰の物か区別できるようにしなければならない。 そこで用いられるのが顔写真だ。 今私の拾った手帳には、さっきぶつかった男子の顔写真が貼られていたのだ。
後方を振り返り、追いかけるべきだろうかと首を傾げる。
「……いや、でも職員室に届けた方が良いかな。 ひょっとして落としたことに気付いて戻って来るかもしれないし……」
たかが生徒手帳一つに逡巡していたその時、再び誰かが階段を上がって来る音が聞こえた。
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