Sound 1-1

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 教室のある三階に向けて階段を上がっていると、上階から降りてくる足音が聞こえてきた。 パタパタと乾いた上履きの足音が、吹奏楽部の練習音に混じって耳朶に流れ込んでくる。 どうやら急いでいるらしい。  本来なら安全面を考えて私は立ち止まるべきなんだろうけど、階段を急いで降りる人間の方が安全に気を配るべきだ、と私は進み続けた。  で、案の定、踊り場を直角に曲がったところで上半身に衝撃を受けた。  意外と相手の勢いが良かったため、私の口から「うぇっ」と蛙が潰れたような女子らしからぬ声が漏れた。  ぶつかって来たのは男子だったが、私は恥ずかしさを覚えることはなかった。 それは、そのまま階段を駆け降りてしまい、私が呆然としたためである。 「えっ、当て逃げ?」  あんな勢いでぶつかって来たのに? 謝罪の一言も無し?  ……なるほど。 察知した危険を回避できない鈍感な私が悪いと、あの男子は言いたいわけか。 よく解ったぞ。 胸元の徽章は私と同じ緑青だった。 今度顔を合わせることがあれば、一言文句を吐いてやろう。  そう思いながら再び階段を上がろうとした時、 「ん? 誰のだろう」  踊り場の隅っこに、生徒手帳が落ちていることに気が付いた。  手帳は徽章と同じく緑青のカバーに包まれていたが、これは私の物ではない。 私のは鞄に入れっぱなしなのだから。  ──では誰の手帳だろうか?  手に取って表紙を捲ってみると、「あっ」と声が漏れた。  生徒手帳は生徒一人に一つ支給されるわけだから、勿論誰の物か区別できるようにしなければならない。 そこで用いられるのが顔写真だ。 今私の拾った手帳には、さっきぶつかった男子の顔写真が貼られていたのだ。  後方を振り返り、追いかけるべきだろうかと首を傾げる。 「……いや、でも職員室に届けた方が良いかな。 ひょっとして落としたことに気付いて戻って来るかもしれないし……」  たかが生徒手帳一つに逡巡していたその時、再び誰かが階段を上がって来る音が聞こえた。
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