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きっと戻って来たんだ。 ……ふふん、ならば手帳を返すついでにお詫びしてもらおうではないか。
これで別人だったら私はクイックターンで階段を駆け上がるつもりだったけど、踊り場に姿を現したのがあの男子だったからその必要は無くなった。
男子──私に否応無しにぶつかった割には弱々しい雰囲気──は、私が踊り場待機していたことに対し表情を強張らせた。 ように見えた。
一応その後の反応を窺ったが、彼から口を開こうとしなかったので自然と私から話をすることになった。
「これ、あなたのよね」
男子がこくりと頷く。
「一つ。 あなたが謝ってくれればこれを返してあげる。 さすがにシラを切らせることはしないわよ」
これで必然と謝らせる状況は作れた。 男子は一瞬困ったような表情を作り、そして弱々しく口を開いた。
「……ごめんなさい」
──え?
私の脳が、ほんの僅かだけ思考を停止してしまったかのようだった。
……果たして今のは私の気のせい?
ううん、だとしたら、この胸裏に宿った幸福感は一体──。
「あ、うん。 じゃあ、返すよ」
何だその返し方はと突っ込みを入れたのは、彼の手元に生徒手帳が渡ってからのことだった。
いやそんなことよりも、彼が声を発してからずっと胸裏が騒ついていることの方が気になる。 加えて、心臓の鼓動が耳の裏で鳴っているような気さえした。
男子は訝るような視線を私に向けて、
「……ありがとう」
そう言い残し、去ってしまった。
ありがとう。 ありがとう。 ありがとう──。
彼の足音が聞こえなった瞬間、私の膝の力がだるま落としの小槌で叩かれたように抜け落ち、踊り場でしゃがみ込んでしまった。 胸に手を当てて感じた鼓動は速く、口で繰り返す呼吸は苦しくて、だけど全身が粟立つようなこの幸福感が狂おしいほどに私を抱きしめる。
「は……あぁ。 好き……」
私はようやく、この幸福感の正体を掴むことが出来た。
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