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ガタンゴトン、ガタンゴトン。
電車が走る音が聞こえる。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
電車の走る振動を感じる。
少しずつ。
少しずつ、意識が咲いていく。
最初に起きたのは、嗅覚。
電車の、あの独特な、頭がとろとろとしてくる匂い。
そして、あの子の匂い。
次は、触覚。
私は、あの子の肩に頭を預けていた。
肩の骨の、固い感覚。
柔らかい服の肌触りと、人の肉の感触。
目を開ける。
そこは、電車の中。
向かい側の窓を見る。
真っ白。
まるで、霧の中を走っているみたい。
体を起こして、周囲を見渡す。
乗っているのは、私達の他に、数人。
微笑みながら寄り添い合う、おじいさんとおばあさん。
楽しそうに窓の外を見る男の子と、疲れ切った笑みで男の子を見守るお母さん、お父さん。
項垂れたままぴくりとも動かない、スーツ姿のサラリーマン。
他にも、色んな人がちらほら。
「起きましたか?」
声が聞こえた。
声のした方を…私のすぐ側にいるあの子を見る。
あの子は、読んでいた本をぱたんと閉じて、私に微笑んだ。
「ん。…んーっ、良く寝たぁー」
ぐーっと伸びをする。関節がこきりと良い音を鳴った。
「なんか久し振りにぐっすり眠れたよー」
「本当にぐっすりでしたねー。
何か夢を見ましたか?」
「んー…どうだろ?
見た様な…見てない様な…」
あの子の肩に頭を擦り付ける。
わしゃわしゃ。
わしゃわしゃ。
「どうしましたか?なんだか犬さんみたいですよ?」
「ん?んー…なんだろ?
なんでかなー…なんだかしたくなったんだよねー」
夢を、見た気がする。
今は、思い出せないけど。
…とっても、悪い夢だった気がする。
わしゃわしゃ。
わしゃわしゃ。
「…あの」
「ん?どしたの?」
「ちょっと痛いです…」
「あっ!ごめんごめんっ!」
慌てて起きる。
でも、
「やめなくて良いです」
「あ、はい」
そう言われて、私はまた、あの子の肩に頭を乗せた。
あの子は満足そうに、ふっと息を吐く。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
目を閉じる。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
呼吸が整っていく。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
眠たく、なっていく。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
ふいに。
ふいに、手が握られた。
すぐに私も、握り返す。
それは、あの子の手。
何度も何度も握った、あの子の手。
ぎゅっと。
握り返す。
「…辿り着いたら、どこに行きたいですか?」
あの子が私に問い掛ける。
「一緒ならどこでも良いよ」
私はそれに答える。
「でも貴方はいつも私を優先してくれたじゃないですか。
だから次は貴方が自分の願いを言って良いんですよ?」
「んー…でも…」
ぎゅっと。
あの子が私の手を、強く握った。
「…………んー…そう、だね…」
それが何を意味するか分からない程、私だって間抜けじゃない。
「…それじゃあ、遊園地に行きたい…かなぁ…」
「遊園地…」
あの子の声の色の中に、うきうきとしたものが混ざったのが感じ取れた。
「どう?
いつか行こうって話してて、全然行けてなかったからさ」
「良いですね…行きたいです」
「じゃあまず遊園地だねー。
他にどこに行こっか?」
「もう…また私優先になってますよ?」
「これが私の生き様みたいなものだからさー」
「もう…」
あの子が指を絡める。
私も、あの子の指に私の指を絡めた。
「…でも…そうですね、もし願いが叶うなら…」
「うんうん」
「…貴方と一緒に、お散歩がしたいです」
「お散歩?」
「はい。
近くでも、遠くでも、どこだって良いですから。
…一緒に、お散歩がしたいです」
「…うん、そうだね」
「……あと、一緒にご飯を食べたり、一緒にテレビを見たり、一緒にだらだらしたり、一緒に料理を作ったり。
…そんな…そんな普通な事を、私は、貴方としたいんです」
「……うん。しよう。
辿り着いたら…辿り着いたら、いろんな事、沢山しようね」
あの子の、少しだけ震える肩に、すりすりと頭を擦り付ける。
「…この電車、どこに行くのかな」
「…分かりません。
慌てて乗ってしまいましたから…」
「そっかぁ…」
「でも」
あの子の声に、目を開けて、あの子を見る。
「…でも、貴方と一緒なら。
私は…私は、行く先がどこだったとしても、絶対に幸せになれます」
とても、
とても、嬉しそうな笑みを浮かべていて。
今までに一度も見た事が無いぐらい、嬉しそうで。
「…うん」
目を閉じて、あの子の肩に頭を擦り付ける。
多分、すっごく口許が弛んでると思うんだ。
だって、私も、すっごく嬉かったんだもの。
あの子の気持ちと、私の気持ちが、一緒だったから。
私も、あの子と一緒なら、
行く先がどこだったとしても、
たとえ、救いの無い、地獄の様な世界が待っているとしても、
絶対に、
絶対に、幸せになれるって思うんだ。
「新居、どうしよっか?」
「広いおうちが良いですねー。
あと、日当たりも良くて、窓も大きくて」
辿り着いた先に、何があるのかは分からない。
これから行くのは私達にとって未知の世界、何があっても不思議じゃない。
「コンビニは近い方が良いよね?」
「勿論ですっ!」
「力強いねー」
「コンビニ…コンビニ…素敵な響きですよね…!」
もしかしたら。
…もしかしたら、辿り着いた先で、離ればなれになってしまうかもしれない。
それはきっと、あの子も微かに察しているんだろう。
「辿り着いたらどんなご飯食べよっか」
「美味しかったらなんでも良いですよ?」
「また難しい事を…」
「貴方の料理はどれも美味しいですから」
それでも。
それでも、きっと、
「…ねぇ」
「?」
「…絶対に、絶対に、幸せになろうね。
二人で、一緒に、幸せになろうね」
「…はい。勿論です」
辿り着いた未知の楽園で、幸せに、なるのだ。
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