地球の裏側、手のひらの上

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地球の裏側、手のひらの上

「狭いから早く引っ越そうね」 なんてよく言っていたこの部屋も、一人で暮らし始めると意外にも広く感じる。 彼が持って行かなかったせいで、二人で仲良く海をバックに並んで笑う写真を写真立てからはずし、どこへどう処分したものか悩む無駄な時間を小一時間ほど過ごしてしまった。 お互い嫌いになったわけじゃない。 ただ、彼が少し自由で自分を曲げられない人だっただけ。 いや、自分を曲げられなかったのは私も同じか。 突然聞いたことも無い南米の片隅の街に行くことにして、それを私に言った時には既に荷造りも終えていて、なんだか少し腹が立ってしまって一緒に行くと言い出せなかった私を置いて、彼はさっさと旅立ってしまった。 あれから半年、全く連絡も取り合ってないけど、動画投稿サイトで時々現在の彼を探してみたりしている。 彼は、相変わらず歌っていた。 楽しそうに、現地の、言葉も上手く通じもしないであろう人たちと、見たことも無い民族楽器を手に、満面の笑みで肩を抱き合いながら。 ほんと、こんな顔されたら、何も言えないよ。 苦笑しながら、さっき半ばやけになって捨てた写真を、ゴミ箱から拾い上げてもう一度飾ってみた。 ニ年前だというのに現在の動画の中と全く変わらない写真の笑顔を見ているうちに、なんだか私も久しぶりに歌ってみたくなって、クローゼットの奥からギターを取り出し、チューニングしながら思い浮かぶ詞を書き留めていく。 UPしておいたら、彼はどこかでこの歌を聴くのかな。 それとも私のことなんか探しもしないかな。 カメラを固定し、ベッドの上であぐらをかいて長い黒髪を背中に回すと、ふっと息を吐き、抱いたギターの弦を(はじ)いた。 --- あなたの面影 思い出してみたり  あなたの歌声 思い出してみたりする  今はその手に もう届かないわ  だけど  この心はね まだそばにいるのよ  どんな 離れていても  こんな 遠くにいても  だって今さら 仕方無いこともあるし  この結末を 後悔はしてない  そんな 言葉つぶやき  なぜ 涙が出るの  もっと もっと早くに  あなたと出会えてたら  あぁ この手を引いて 奪い去ってくれれば 良かった  そう ふと考えて  なぜ 少し笑うの  そんなことをあなたに  言ってれば変わってた?  まだ 慣れないけれど  いいの それぞれの道を  --- 撮り終えて、私の方もサイトにUPしようと開いた画面に、新着と思われる彼の動画が現れ、覚えたのであろう現地の言葉でカタコトながらも必死に何か地元の人と喋っている姿が流れ始めた。 この、どこにでも当たり前に溶け込む能力、ほんと羨ましいわ、と笑っていると、彼の言葉の端々に時折聞き馴染んだ日本語が混ざっていることに気が付いた。 「#%$&`#*セリナ#&$%&#*+#」 よくはわからないけど、彼は私の話をしながら、嬉しそうに、楽しそうに、笑っていた。 不覚にも、少し、泣いた。 なんだかこの距離感が、逆に愛おしくも思えた。 終
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