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遠く。
遠くへ、いこう。
君が嫌な思いをしなくてもいいように。
君が辛い思いをしなくてもいいように。
そう言って彼は私の手を引いた。
ちりん、ちりん、と彼が歩くたびに優しく鈴が鳴る。
私は迷わずその手を取って、あなたと一緒ならどこへでも行きましょうと、笑って彼に付いて行く。
今はまだ夏なのに、冬の様な寒さに体を震わせていると、彼は優しくコートをかけてくれた。それでも温まりはしない体に、そう言えばと、彼の噂を思い出す。
曰く、彼はどんな時も優しく、まるで聖母のようだと。
曰く、彼はどんな時でも微笑む、悪夫なのではと。
曰く、彼は人間とは思えない程美しい容姿をしており、まるで神様のようだと。
曰く、彼は人間離れしたその容姿を武器に、弱みに付け込んでどこかへ連れ去ってしまう悪魔なのではないかと。
「___!!!」
私の名前が呼ばれた、気がする。
「っ!」
振り返って、ハッとした。
私は海の中にいた。腰まで来ている海水を見て、何をしようとしていたんだと冷汗がでた。
危なかった。肝が冷えたと急いで波に逆らって進む。
「ダメ!!」
「はっ?」
戻ってくるなと言いたいんだろうか。酷すぎる。私にこのまま死ねと?
___嫌だね。絶対あんたの言う通りにはしてやらない。
絶対に、絶対にこのまま進んでやる。
狂気的な顔をしながら、私は進むスピードをあげる。
どうだ!これで、あんたに逆らってやった!!もう、縛られる、言う事を聞く私じゃないんだ!!
「えっ?」
足が、つかなくなった。
苦しい、誰か、誰か助けてくれ!
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