名前は知らない

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遠い地に足を踏み入れたのだ、先駆者たちは。 (おれたちはーー) 覚えている。未開の地は冥界のように気味が悪かったことを。 青々とした山々は、薄汚く、海の青が見えない。波の音が聴こえないなんて、なんて恐ろしい。 砂を愛おしげに撫でる声こそ、雄大なる母であったのだ。 それでも、守りたかったのだ。 美しい誰かを模したこの遺物を。 女の顔のような優しげに細められた眼に、二つの乳は、ふっくりと愛らしい。 何の祈りを込めたのかと問われたら、それは皆、異なったかもしれないし、似たり寄ったりだっのかもしれない。何を願うかは自由だ。 自由なのだ。生まれ育った土地を捨て去ることも、好いた女の手を取って笑うことも。 例え、女の髪が見慣れぬ金糸であったとしても、その両眼が碧い石のように光っても。 誰を何に好意を抱くかは、自由だ。 例え、女の発する言葉の意味を何一つ理解出来なくても、良かった。 女は、嬉しそうに笑うのだから。 それだけで心は、じわじわ踊った。 覚えている。全部、全部、覚えていたかった。 生まれた赤子は亡くなった。 小さな赤子は、脆弱過ぎたのだ。 女は嘆いて狂って、初めてわたしたちのことばを話した。 殺してと。わたしは、わたしの妻の願いを叶えた。
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