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2人はかつての通学路をーこの時期には紅葉がきれいな大きな川沿いの道を歩いた。
彼の気持ちは複雑だった。
彼女の結婚を祝福しながらも、寂しさを同時に感じていた。
2人はしばらく歩いた後、周囲の景色に思わず立ち止まった。
夕陽は、赤みがかった空の下で、薄暗くなった山並みから、眩しいばかりの輝きをもって、その光を水面に流していた。
紅葉は周囲の薄暗さをもろともせず、光の化粧をして、その存在を堂々と主張していた。
同時にその光は彼女の顔、髪、衣服にまで流れ、彼は今までにないほど、彼女のあたたかさを感じた。
柵に手をかけ、その景色を眺めながら、彼は言った。
「改めて、結婚おめでとう。 自然も香織を祝福してるみたいだね」
香織は微笑んで言った。
「本当、きれいだね」
その時の彼女の横顔は、夕陽のような儚さを感じさせながら、薄暗い中でも確かに輝いていた。
彼はその時初めて気づいた。
自身の彼女への愛情を。
自分の心が苦しいのは、彼女を失うことへの喪失感からであると。
彼女は結婚し、誰かのところへ行くのだ。
幼馴染といえども、これからはこれまでのような関係のままではいられない。
彼女の優しさに抱擁され、安心することも出来なくなる。
彼は生まれて初めて彼女を、女性をたまらなく愛した。
彼女を離したくないと強く思った。
しかし、彼にはどうしようもなかった。
彼女には既に愛する人がいるという現実が、彼を容赦なく襲い、打ちのめした。
彼は、思わず彼女の名を呼んだ。
彼女は不思議そうな顔をして彼を見つめた。
夕陽は既に山に隠れ、残光が虚しく、周囲を流れていた。
空では薄い月が、夜を待っていた。
彼は突然、彼女を抱きしめた。
動揺する彼女をよそに、強く抱きしめた。
そして、耳元で囁いた。
「おめでとう。 そして、ありがとう」
しばらくの抱擁の後、彼は彼女を優しく離し、彼女に顔を隠すように川の方へ顔を向けた。
横顔はは川の水面と同様に、月明かりを受けて輝いているらしかった。
その時、遠くで流れ星が闇を貫いた。
空は満点の星空であった。
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