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10年前のトオルから手紙が来た!
あはははは。
もう笑うしかない。
何考えてたんだ、あいつ。
この封筒、未来の自分へ、なんて授業で使ったヤツだよ。
あたしが書いたのも、こないだ来たからすぐにわかった。
あいつ、なんであたし宛てに書いたんだ?
まったく、もう。
変なモノが届いたなぁ。
いま引っ越し直前で段ボール作りが忙しいのに。
何だか急に面倒くさくなったあたしは、封筒を持ったまま部屋の真ん中に積み上げた洋服の山に倒れ込んだ。
男も仕事も全然うまく行かなくて。
一念発起して実家を出て新しい土地で新しい生活をしようという矢先なのに。
洋服の上に寝転がったまま片付け中の部屋の中を見渡していたら、苦笑と一緒にため息が出た。
あたしは昔から部屋を片付けるのが下手で。
新しい生活を始めるために持っていくべきものが分からない。
こういうトコがあたしのダメなところなんだよなぁ。
……もう、いっそ全部持っていってしまおうかな。
頭の片隅に湧き出たそんな思いを、すぐにあたしは振り払う。
いやいや、それじゃ一念発起の意味がないぞ。
なんの準備もできていないが引っ越しは明日だ。
立ち上がる代わりに、手にした封筒をジッと見つめる。
あの頃のあたしたちは、まだ付き合ってなかったし、別れてもなかった。
好きだったけど、長続きしなかったんだよなぁ。
すごく大事にされていたのは、別れた後で気がついた。
あの頃のトオルってどんなだっけ?
記憶の中をたどってみるが、付き合う前のトオルは全く思い出せなかった。
告白されるまで意識すらしてなかったんだから仕方ない。
えーと、卒業アルバムはどこだっけ?
トオルはなんでこんなことをしたのだろう。
本人に聞ければいいのだが、あたしはトオルの連絡先を知らない。
新しい彼女ができて、高校卒業と同時に実家を出た。
別れたあとは、それくらいしか知らない。
どうせ聞いても『もう覚えてない』って言いそうだけど。
あいつ、照れ屋だしな。
ま、いつまでもクダグダ考えてたって仕方ない。
あいつが何を考えていたかなんて、読めばわかる。
うん、どうせ何も考えてなかったに決まってる。
机の上のハサミを手に取り、封を切ろうとして手が止まる。
……だめだ。もったいなくて読めない。
あの頃のトオルの気持ちがこもった手紙だ。
開けずにこのままとっておきたい。
手紙とハサミを手にしたまま、あたしは大きくため息をつく。
ホント、あたしってこんなだからダメなんだよなぁ。
うん、決めた。
何も持ってかない。全部置いてく。
それでいいや。
次の生活には、この手紙だけ持って行こう。
こんなあたしを大事にしてくれる人だっているんだ。
これさえあれば、どんな遠くに行ってもやっていける。
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