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西階段を下りて行く先輩の後ろ姿を田中くんと二人で見送った。
「田中くん、ありがとう。昨日、遠くに行っちゃいたいって言ったけど、もうちょっとここで頑張ってみる」
「うん、応援してる」
そんなことを言われたら、ちょっと泣きそうになった。
「田中くん、すごくいい奴なんだから、柏木先輩ほどじゃなくてもいつかきっと素敵な女の子と付き合えるよ。それともまだ先輩を諦められない?」
「は? 何言ってんの? 俺がいつ柏木先輩が好きだなんて言った?」
「え? だって……わかるよ、言わなくても。いつも見てたじゃない」
「先輩のことなんて見てない。俺が見てたのはおまえだ!」
「えっと、それって……?」
見つめ合う二人を現実に引き戻したのは、五時間目の始まりを告げるチャイムの音だった。
部活の後、何となく田中くんと一緒に校舎を出た。今日も教頭先生が一人でケヤキの落ち葉を掃いている。
「親父はこの学校の卒業生で、あの木は親父にとって母さんとの思い出の木なんだ。高校時代、あの木の下で告白して交際を始めたらしい」
そんなロマンチックなことを突然田中くんが語り始めた。
「へえ、そうなんだ」
「今では再婚して若い後妻とラブラブだけど、親父は今でも母さんのことを大切に思ってる。それは掃き掃除をしている親父を見ていれば、よくわかるんだ。思い出を大事にすることと他の人を好きになることは両立する。俺はそう思うよ」
ふーんと頷いてから、ハッとした。
「ええっ⁉ もしかして教頭先生って?」
「そ。俺の親父。佐々木にはバレてたみたいだけど、みんなには内緒にしてるんだ。でも、奥寺には知ってほしいと思って」
「うん。教えてくれてありがとう」
「俺にとって奥寺は特別な存在だから。わかる? この意味?」
「わかるよ。私にとっても田中くんは特別。あのね、田中くんのおかげで、柏木さんと再婚したいと思うお母さんの気持ちがちょっとわかった気がする」
私の中の蝶が今、夜空に羽ばたいて行った。
END
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