視線の先に

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「はい、じゃあ、三十分までパート練習!」  顧問の石井先生の号令で、部員が一斉に音楽室を出て行く。私はソプラノだから新館の屋上の西側。東側にはバスの巨体たちがぞろぞろと集まっている。渡り廊下を渡って二号館の西側がアルトで、東側がテナー。それぞれパートリーダーを中心に、課題曲を通しで歌っていく。    「もっと響かせて! Hmmm……」 「Hmmm……」  パートリーダーに続いて、みんなで鼻から音を響かせる。口蓋を上げるように意識を集中して、眉間から音を出すイメージ。  石井先生がいつも言っているのは、人間の身体は最も素晴らしい楽器だということだ。何も持たずにどこへでも行けて、誰もが鳴らせる楽器。  でも、その素晴らしい楽器が深刻な悩みを抱えていれば、それが音に表れてしまう。  今、私は澄んだ綺麗な音を出せているだろうか。  パート練習が終われば、またぞろぞろと音楽室に戻って行く。屋上から音楽室への短い距離でも、後輩が先輩の前を歩くことは許されない。私はソプラノの列の最後尾をゆっくりと歩いていた。 「奥寺!」  田中くんの声に振り向くと、屋上の東側から田中くんが走ってきた。ソプラノの一年生が西階段を下り始めたので、田中くんと私も並んで階段を下りて行く。 「今日、部活終わったら、一緒に帰らないか? バスじゃなく歩きで」 「歩きって……駅まで歩くの?」  戸波駅まではバスでニ十分。歩いたら何分ぐらいかかるのだろうか。突然、一緒に帰ろうと誘われたことよりも、そっちの方に気を取られてしまった。 「いろいろ話したいことがあるから、ちょっと寒いけど歩かない?」 「いいよ。歩いてるうちにあったまるよね、きっと」 「うん。じゃあ、教室で待ってる」 「わかった」
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