視線の先に

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 田中くんは誤解している。私が事あるごとに柏木先輩を見つめるようになった理由(わけ)を。  元々、コーラス部に入部した直後から、柏木先輩のことは尊敬していた。いや、むしろ崇拝していたと言った方がいいかもしれない。そんな私の気持ちは部活の他の一年たちにはダダ漏れだったみたいで、田中くんも知っていた。  だから、私が柏木先輩を目で追うようになった時、尊敬の念が高じて恋愛感情に発展したのだと彼は思ったらしい。  私は田中くんに勘違いされているとわかっていても、本当の理由を説明するのが情けないので、そのままにしておいている。もしも、彼が嫌悪感を顕わにしていたら、私は全力で否定したことだろう。でも、彼は私の気持ちに寄り添うように同調してくれた。 「そうだよな、意識していなくても勝手に目が追いかけちゃうんだよな。目が合っただけで嬉しくて、笑ってくれたらこっちまで幸せになって。それで運良く話せたりしたら、家に帰ってからも何度もその会話を思い出して。だろ? わかるよ、その気持ち」  そんなことを聞かされたら嫌でも気付いてしまう。田中くんも柏木先輩のことを好きなんだって。  柏木先輩には彼氏がいる。コーラス部の水谷先輩。学校内でも有名な美男美女カップルだ。部長である柏木先輩を水谷先輩が支えている様子を目にすると、本当に仲睦まじい二人だなと思う。  そういう時、田中くんとよく目が合う。お互い辛いなという表情に少し後ろめたくなるけれど、辛いことに変わりはない。  私の想い人は、柏木先輩じゃなくて田中くんだから。  田中くんは柏木先輩に彼氏がいても諦めきれないのだろう。その気持ちはよくわかる。  私だって田中くんが柏木先輩のことを想っていると知っていても、やっぱり諦められないでいる。いつか……田中くんが柏木先輩のことを諦めたら、私のことを好きになってくれるかもしれない。それまではただの友達でいいから、少しでもそばにいたい。  そんなことを願ってしまう自分の浅ましさにまた嫌気がさす。
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