視線の先に

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「ヒラリはこの通りマイペースだから、部長なんて大役をちゃんと果たせているのか心配していたんだ。蝶子(ちょうこ)ちゃん、正直なところ、どうなのかな?」  柏木さんの穏やかな声は耳に心地いい。柏木先輩の美声はお父さん譲りみたいだ。 「えっと、柏木先輩は人望があって、みんなに慕われています。部員一人一人に目を配って、いいところは褒めてくれます。でも、優しいだけじゃなくて、みんながだらけてるとビシッと注意するから、コーラス部全体が柏木先輩を中心にまとまっている感じです」    自分の語彙力の無さに嫌気がさしながらも、必死に柏木先輩の素晴らしさを説明していると、隣の席で当の先輩が吹き出した。 「やだ、蝶子ちゃん。そこまで褒めると、逆に嘘っぽく聞こえちゃうよ?」 「え、全然嘘なんかじゃないです! ホントにホントで。柏木先輩以上の部長なんて、どの部を見てもいないです!」 「ありがとう。安心したよ」  柏木さんは大きく頷いて優しく微笑んでくれたのに、その隣に座るお母さんは眉をひそめた。 「蝶子、学校では仕方ないけど、家族になるんだから『柏木先輩』はやめなさい。『お姉さん』って呼んだら?」 「え……」  不意を突かれて、言葉に詰まった。  そういえば、柏木先輩はさっきから私のことを『蝶子ちゃん』と呼んでいる。部活では『奥寺さん』と呼ぶのに。そんな風に自然に使い分けることなど、不器用な私には出来そうもない。  今まで赤の他人だった柏木父娘を、急に「お父さん」「お姉さん」だなんて呼べない。私のお父さんは去年亡くなったお父さんだけだし、柏木先輩を姉とは思えない。  お母さんの幸せそうな様子を見ていれば再婚に反対なんて出来ないから、賛成しているフリをしているだけ。それなのに、柏木先輩は私よりずっと大人で、再婚に心から賛成していて後輩が妹になることも喜んでいる。それがまた癪に障る。自分の幼さを突きつけられているみたいで。 「急には無理よね。『お姉さん』じゃなくて『ヒラリ』って呼んでくれてもいいよ? 一つしか違わないんだから呼び捨てで。私も『蝶子』って呼ばせてもらって、姉妹で名前で呼び合うの。そういうのにちょっと憧れてたんだ。どう?」 「えー? なんか照れますけど……はい。じゃあ、おいおい」  照れ隠しに前髪を弄っているフリをして、唇を噛んだ。一つしか違わないとは思えないほど、柏木先輩が理想的な娘に見える。再婚を望む父親のために、義理の母親や妹とも打ち解けようとしている。  先輩のことを嫌いになりたいのに、欠点が見つからなくて嫌いになれない。そんな風に思う自分に嫌悪感が増した。
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