視線の先に

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 ショックを受けた私は田中くんからのお誘いを忘れて一人で帰りそうになり、教室の入口で田中くんに腕を掴まれた。 「おい、奥寺! 待てよ」 「あ……そっか。ごめん」  田中くんがリュックを持って教室から出てくるのを待って、一緒に歩き出す。 「なあ、さっきの指輪の話、初耳だったんだろ?」 「うん。……柏木先輩のお父さんとはもう二回、会ってるけど」 「そうか。実は昨日、奥寺が柏木先輩たちとレストランに入って行くの、見たんだよ。おまえ、すごくつまんなそうな顔してた」  そう言われて思わず苦笑してしまった。必死に愛想笑いを浮かべていたつもりなのに、やっぱり表情が硬かったのかもしれない。  校舎の外に出ると、冷たい風が頬を刺すように吹き付けてきた。カサカサとケヤキの落ち葉が音を立てて舞っている。それを一人で黙々と竹ぼうきで集めているのは教頭先生だった。  生徒たちはクラスごとに日替わりで掃除の時間に掃くだけだけれど、教頭先生は毎日私たちが登校する朝の時間も下校時間にも、せっせと落ち葉を掻き集めている。  その教頭先生に「さようなら」と挨拶すると、「さようなら。気を付けて帰れよ」と手を振ってくれた。 「私、そんなにつまんなそうにしてた?」 「まあ。ほら、奥寺ってわかりやすいから。いや、そこがおまえのいいところだと俺は思うよ? でも、憧れの大好きな柏木先輩と一緒にいるのに、全然嬉しそうじゃないから変だなと思って。もしかして、奥寺が柏木先輩を見てたのって」 「うん。別に先輩のことが好きだからじゃなく、逆になんかモヤモヤして目が追いかけてたの。私、お母さんには幸せになってほしいと思う。でも、私と二人じゃダメなの?とも思うんだ」 「だよな。俺も親父が再婚したいって言った時、今さら他人がうちに入ってくるっていうのがすごく嫌だと思った」 「そっか。田中くんも同じだったんだ」  良かったって言ったら変だけれど、柏木先輩は私たちが一緒に暮らすことに何の抵抗も感じてないみたいだから、そんな幼稚な感情を持つのは私だけなのかと思っていた。 「柏木先輩だって諸手を挙げて賛成ってわけじゃないと思うぜ? 一度、腹を割って話してみたら?」 「え……無理。先輩ね、お母さんたちと一緒の時、私のことを『蝶子ちゃん』って呼ぶんだよ? その度に自分の名前を嫌いになっていく気がする」  『蝶子』という名は蝶好きのお父さんが付けてくれた名前。珍しいから自慢の名前だった。  でも、柏木さんから「僕も蝶が好きで、それで娘に『ヒラリ』と名付けたんだよ」と聞かされた時から、何だか名前でも先輩に負けたような気がしてきた。
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