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「気に入った娘にカメリアを一輪。それがここのルールです」
「ありがとう」
小さな馬一頭と同じくらいの値段を払い、白いカメリアを手渡される。さすが、高級娼館だな、と若い貴族は鼻で笑う。
ロベルトの身なりは美しかった。上等な白い絹で作られたシャツブラウスは、首元がたっぷりとレースで飾られている。美丈夫だからこそ着こなせる装飾だった。キャメル色のベストは細く絞られ、女のような腰の薄さを見せていたがそれがかえって色気を増していた。新月の夜を思わせる漆黒のフロックコートが悠然となびき、周囲の視線を集めた。
背筋をまっすぐに伸ばし、堂々と歩く男らしさと、白磁の肌にメリハリのある人形のような可憐な面立ちは、少しでもずれてしまえば壊れそうなほど絶妙なバランスを保っている。一つの肉体に、男と女が両方宿っているような美しさだった。誰もが息を飲む美青年。
それはこの館に縛り付けられている娘たちにとっても同じだった。ロベルトが広間に足を踏み入れると、彼女たちの目の色が変わった。憂鬱と怠惰にまみれてくすんだいた瞳は温めた蜂蜜のように甘く溶け、ロベルトの姿を潤んだ眼に映していた。
7つの部屋に7人の娘。豪奢な広間から放射状に部屋が連なっており、その前に娘が一人ずつ。
部屋の中央に年嵩の男が椅子に座ってヴァイオリンを弾き、メロディに合わせて娘たちが踊る。眼鏡をかけた老紳士は、演奏家であると同時に見張りの役割も果たしているのだろう。
娘たちは薄い布地の鮮やかなドレスを懸命に舞い上がらせて踊る。扉の前に縛り付けられたかのようにその場から数歩と移動しないステップだが、己の色気を存分に撒き散らしてロベルトを誘惑した。
ロベルトは必死のアピールを気にすることなく、入口から最も近い扉の前にいた少女の手を取った。萌黄色のドレスがよく似合う黒髪の乙女だった。
「名前は?」
「マリアです、旦那さま」
「そう、マリア。これをもらってくれるかな」
ロベルトが背中から取り出したのは、白いカメリアだった。ここでは買う時間の長さによって、店から客に手渡される花の色が変わる。白のカメリアは、一晩たっぷりと、だ。
白い花を渡された娘は大体不機嫌さを貼り付けた笑顔で誤魔化すのだったが、今夜は違っていた。
ガブリエルかラファエルに見間違うあの男に、一夜たっぷりと愛されるマリアへ羨望すら覚えていた。
「もちろんです、旦那さま」
十七のマリアは、ロベルトの手を引いて扉の先へと向かう。ギイ、と音が鳴って重たい木戸が閉まると睦み会うためだけの部屋は薄暗く、ランプの灯りが一つ灯るだけだった。
キングサイズの丁寧にベッドメイクされた寝台と、休憩用のカウチと小さなテーブルだけ。何をするのかが明確な部屋は、アンティーク調の趣ある家具を使っているにも関わらず下世話雰囲気を発していた。
革張りのカウチに鞄を放り投げ、ベッドの上にどっかりと座り、コートを床に脱ぎ捨てる。
「マリア、おいで」
手招きされるがままに、マリアは彼の横にちょこんと座る。さわればすぐに折れそうなほど、華奢な少女だった。
「可愛い小鳥さん。手を貸して」
優しく囁かれ、おずおずと差し伸ばされたマリアの右手を掴み、ロベルトは自分の股座に服の上から触らせた。
「えっ」
マリアは目を丸くした。行為の性急さからではない。あるべき「モノ」がそこになかったのだ。
「女でもいいか」
混乱したマリアはただ頷くことしかできなかった。目の前にいるのは、どう考えても若くて上品で美しい貴族の青年であるのに、彼は彼女だ、ということなのだから。
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