遠くへ

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 中部地区の太平洋岸は比較的温かい。夏の蒸し方はえげつないが、反面、冬に雪はそう降らない。1年に何度かは降るかな、たまに積もることもあるかな、という程度だ。  そんな稀な雪の夜だった。  この日、雪は昼過ぎから降り始め、それが翌日まで降り続くと予報があり、積雪は安易に想像できた。  俺は寒さが苦手だったし、雪など見るのも嫌だ。この時期にプライベートで外に出ることは、意識して避けている。  といって、家で楽しむようなものもなかった。  ゲームが嫌いなわけではない。むしろやり始めると止められない質だが、今日はやろうという一歩がなかなか出なかった。面白いと判っているのに攻略する流れの面倒臭さが胃を重くする。  読みかけていた何冊かの本も、開く気すら起こらない。ストーリーの展開を追う気持ちの余裕もなく、また、新しい知識を得る喜びよりも理解に至る過程がただしんどい。  毎年この時期は、どうにもすべてが億劫になってしまう。取り憑かれているかのような気だるさが、体躯をまとわりつく。  違う。  取り憑かれぬよう、ここまで逃げてきた。  まだ、大丈夫な筈だ。  “まだ、大丈夫”     
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