遠くへ

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 火種が、見つからないらしい。スーツの男は、火の点いていない煙草をくわえたまま、ポケットをあちこち探っていた。 「水無月さん」  横から、真新しいオイルライターが差し出された。ライターを手にしたセーラー服の少女が、無表情のままに彼を見上げている。  さんきゅ、とライターを受け取った水無月は、少しだけ不思議そうな顔をした。 「葉月も、吸うんだったか?」 「いいえ。でも、持ってるとなにかと便利なんで」 「あー……君の専門は、爆薬だったか」 「はい。普段は、もっとぶっそーなものを燃やしてますね」  水無月は、苦笑しながら煙草に火を点けた。紫煙をゆっくりとくゆらせてから、ライターを返そうと葉月に差し出した。  しかし、葉月はそれをそっと手で止める。 「差し上げます。必要でしょ?」 「俺は助かるが……いいのか?」 「ええ。そんな使い古しでよければ」  葉月が、ほんのかすかに笑った。滅多にないその表情の変化は、おそらく、何か秘密を隠しているときのもの。うっかりそれらに気づいてしまった水無月は、愛おしげに煙を深く吐いた。 「ありがとう、な」  手を伸ばしたのは、ほんのきまぐれだった。葉月の後頭部を掌で支えた水無月は、彼女を自らの胸に抱きこんだ。 「……っ!?」  触れたのは、ほんの数秒間だけ。  それでも、葉月を驚かせ、赤面させるには充分事足りた。少女の意識はしばらく、そこにいながら遠くへと飛んでいた。
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